28.猫、勧誘する
やがてヌラリボッチは地中に身を沈め、その存在は見えなくなった。同時にぼくの建てた小屋も、木立ちと霧の奥に隠れていく。
後には何事もなかったかのように、静かな風来沼の景色が広がるだけ。
「巨大モグラみたいな幻獣なのかな」
「どうかなあ。奴はアンノウンタイプ。ただのモグラじゃないだろうね」
「『アンノウン』?」
「知り合いの、学者気取りの奴がそう分類してる。まあよく分かんない生態の幻獣を纏めてそう言ってるだけだと思うけど。因みに僕もアンノウン」
何にせよ、ぼく等は沼地の束縛からは解放されたようだ。
背後にはジャングルが広がっている。ここが【風来沼】と【天鵞絨密林】の境目辺りなんだろう。
多分、ぼく等はいつの間にかヌラリボッチの体の上にいて、だから歩けど歩けど沼を脱せなかったってことなんだと思う。そしてぼくはあろうことか、彼の頭の上にお家を建ててしまったと。
あーあ。これじゃ再び素材採集とかで沼に来たとしても、二度と別荘として使えないだろうなあ。
「ヌラリボッチも無下にはしないんじゃない。気に入ってたみたいだよ」
「分かるの?」
「何となく」
未知の生き物どうし、通ずるところがあるのかもしれない。
まあ、いつまでも気にしてても仕方ないか。
それじゃあ改めまして、密林探索へ出発だ。【シルビアモス】さん、出ておいでー。
幸い、シルビアモスのひとはすぐに見つかった。というのもぼく等が探しているということを聞きつけて、向こうからやって来てくれたみたい。
なんかきらきらした粉がやたら降ってくるなーって思ってたら、ぼく等の頭上ではいつの間にか、数匹のシルビアモスが浮遊していた。
彼等は猫のときのぼくくらいの大きさの蚕型幻獣で、真っ白でふわふわな姿をしている。羽からは常に銀色の鱗粉が舞っていた。
その姿は優雅で気品が漂っていて、白いショールを纏った貴婦人みたいだ。
そっちから現れてくれるだなんて、みんなはマシロのこと、警戒とかしてないのかな?
「あたし達、生来が旅の一族だからね。王獣様を見るのも初めてじゃないの。この辺の世間知らずな田舎者とはワケが違うってワケよ」
蚕のうちの一匹が答えて、きゃははと甲高く笑った。
……あれ、なんか見た目からのイメージと中身が違うな。マダムというよりギャルってかんじ。
ギャルモスさんは、自身を“ギンカ”と名乗った。
何でも一族の長の妹君だと言う。ほんとか。
「お姉ちゃんは一緒に迎えに行くって言ってたんだけど、明らか疲れててえ。だから無理矢理休ませたの。お姉ちゃんのいるとこまでちょっと歩くけど、悪く思わないでね」
「うん、それは全然……。けどぼく等、別に女王様に用事があるわけじゃないんだ。疲れてるならわざわざ会ってくれなくてもいいんだけど」
っていうか「繭が欲しいのでシルビアモスさん達を幾らか頂戴しに来ました~」なんてボスのひとに言ったら、普通に断られそう。
もっとこう、その辺にいる子にこっそり声かけて、「ユーうちにおいでよー」って軽いかんじでやるつもりだったんだけど……。
「お姉ちゃんは几帳面だからね~。そこら辺、レーギはしっかりしてるんよ」
「疲れてるって、何かあったの? 地域の運動会?」
「ううん、精神的なヤツ。ストレスよストレス。あなた達運よかったかもね~。丁度ついさっきまで、【丹頂岳】のイケ好かない奴等が来てたんよ。で、好き放題イケ好かないこと言って帰ってった。王獣様と鉢合わせてたらめんどくさかったかも」
『丹頂岳のイケ好かない奴等』って……もしかしなくてもレイカク達……? それは確かに、帰った後でセーフだったなあ。
あれ? もしかして、ヌラリボッチがぼく等を足止めしてたのって……――――――いや、まさかね。
さすがにあの見た目で、そこまで気の利く奴ってことはないだろう。
さて、蚕達を追ってしばらく歩いて行くと、木々から吊り下がるオーナメントが目立つようになってきた。
それは楕円形で、シルビアモスの体より一回り大きいくらいのサイズで、ふんわりと発光している。どうやらあれが、彼等の作り出す“繭”のようだ。
綺麗だなあ。とっても上質なシルクが採れそう。
やがてそんな幻想的な木立ちに囲まれた、小さな広場が現れた。
中心の切り株に、一匹のモスさんがちょこんとお行儀よく腰かけている。彼女はぼく等を認めると視線の高さまで浮かび上がり、羽をつまんで一礼した。
「ユメクイ様、ようこそおいでくださいました。お会いできて光栄です。私はギンナ、蚕の一族を纏める者にございます」
「あ、うん。よろしく。えーと、用事があるのは僕じゃないんだ。こっちの、僕の奥さんのネムちゃんで……」
初対面で友好的な幻獣が珍しいためか、マシロは緊張気味だ。そういえば、ぼくと初めて会ったときも今思い返せば大分
これがいわゆる“コミュショー”というやつなのかもしれない。
マシロの言葉を受けて、ギンナは驚いた顔でぼくを見つめる。
「ユメクイ様の奥様、ですか」
「うん、ネムっていうんだ。初めまして」
少し迷ったけど、ぼくは自分の目的を正直に話すことにした。
糸が欲しいので、繭が欲しいこと。
繭が欲しいので、手伝ってくれるシルビアモスさんを募集していること。
いっぱいじゃなくてもいいので複数匹、ぼく等の拠点近くに移住者を求めていること。
おまけで、今なら一棟、移住者達のためにお家を造るよ、と宣伝文句を付けておいた。ぼくの造るものが彼等に魅力的に映るかどうかは謎だが、持ってる武器は全部使っとかないとだし。
すると意外にも、ギンナは話に積極的な様子を見せた。
「それは……『複数』とは仰いますが、具体的に何匹まで移住可能なのですか?」
そっちの人数制限なら兎も角、こっちの人数制限を聞かれるとは思ってなくて、ぼくは戸惑う。
聞けばシルビアモスは各々、大体一日に一つ、繭を作り出すことができるらしい。で、作業台のレシピによると、繭一つで1メーター四方の薄い布が一枚作成可能とのこと。
そこから計算すると、理想的な人数は10人くらいかなあ。それだけいれば好きなものを好きなときに好きなだけ作れるくらいにはなりそう。
けどぼくの仕事にノルマやタイムリミットがあるわけではない。もっと人数が少なくても、長期のスケジュールを組んで、のんびりゆっくり布物を整えていくことは可能だ。
と、それくらいまでは考えていたのだけど、逆にじゃあ最大人数は何名なの、ってことまでは思慮が及んでいなかった。
幾らでもどうぞ、とか言っちゃまずい? ぼくはマシロに、視線で助けを求める。
「そう言うってことは、移住を希望するひとを多く見積もってるの?」
「はい」
マシロの問いに、ギンナははっきりと頷いた。
もふねこ建国記 ~“ぼくがかんがえたさいきょうのまいほーむ”を作ってたら幻獣達のたまり場になってた件~ わだくちろ @kurowadachi
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