第28話 シープアイ

 署長室に入ってきた男は、すらっと背は高いが、いかつい感じはなく、見るからにスマートな若者という印象である。


 全員が、男に視線を釘付けにしてじろじろ見ていると、アメリカ人は、おどろくほど、流ちょうな日本語を、熱っぽい口調で放った。


「おはようございます!トム・テリカンです!昨夜は、空港近くのホテルに泊まったので、朝早く、トレインで来ました」


「とんてんかん?とんちんかん?トム……?」


  胸をどきつかせていた遠山の頭の中には、そうして聞こえた。


「署長の刃条です。長旅でお疲れでしょう。どうぞ、おかけください」


 トムが署長の隣に座ると、間近で顔を合わせた俊介たちは、高い鼻と青い瞳、赤い唇に透き通った白い肌を見て、ハリウッド映画に出て来るような俳優をイメージした。


 刃条が一人一人をていねいに紹介すると、トムは、軽く会釈するようなしぐさを見せ、青い目を輝かせて言った。


「私は、父親が軍人で、ベースにいたので、日本で暮らした経験があります。日本での穏やかな生活はすごく気に入っていましたよ。その話は、いずれまた。では、さっそく肝心な話に入りましょう。刃条署長!概要は話してくれましたか?」


「ええ、今ちょうど、副署長から説明し終えたところです」


「それじゃ、私の任務を説明します。それは、仕舞冠太と四倉明を逮捕して、即刻、アメリカに連れ帰ることです。二人は、アメリカで重大な犯罪を実行しました。一つは、違法な物質を作り出し、人間の顔形を変えてしまい、それによる被害者を多く出しました。もう一つは、昆虫を利用して、脅迫や強盗事件を起こしました。この二つの事件は、単なる犯罪の範囲を超えており、政治上、軍事上の重要な問題にも関係しますので、一日も早く、二人を捕まえたいのです」


「はて、政治上、軍事上の問題とは何ですか?」


 鼻田が、念を押すように問いかけた。


「つまり、誰にでも自由に顔を変えられるなら、スパイ活動が容易になります。その結果、国家の重要な情報まで盗み出しやすくなります。また、昆虫を自由に操れるなら、新しい生物兵器の開発に利用することができます。万が一、その技術がテロリストの手にでも渡れば、大きな脅威となります」


「よくわかりました。まさしくおっしゃる通りです」


「ですから、二人を捕まえるためには、われわれが持つ情報と、あなた方が持つ情報を結びつけることが大事です。今のところ、仕舞は四倉として動き、四倉は仕舞として動いていますので、その認識を改めていただきたい。言うなれば、仕舞は指名手配されているから、動きづらいでしょうが、四倉明は、日本ではノーマークのはずです。四倉を発見できれば、そこに仕舞がいるはずです」


「四倉明なんて、捜査線上には、つゆほども上がって来ていないわね」


「四倉は、家族や地域への関心は薄い人間であるとプロファイルされています。ですが、仕舞は、あべこべに、家族や郷土への関心が高い人間だとプロファイルされています。ですから、力学上、仕舞の意向に沿って、動いているならば、活動範囲は広くないと分析されています」


「それなら、しらみつぶしに捜せばいけるかもしれないな」


「ところで、私にはもう一つ任務があります。実は、中南米のある国の大臣が、他人による成り済ましであることが発覚しました。アメリカにシープアイという団体があって、この団体は、他人に成り済まして、財産や政治的利益を手に入れようとする組織です。すでに日本に進出してきていて、日本では、羊会という名前でよばれています。この団体の元職員からの密告でわかったのですが、大臣は、交通事故で死んだとされる男に変わって殺され、代わりにその男が大統領になって、麻薬組織に便宜をはかっていたというのです。しかし、この団体も、トップの交代で内部分裂が起きてタガが緩んできており、情報が表に出て来ているのもそのためです」


「国家の大事なポストにまで、食いこむなんて恐ろしいことだ」


「この団体と二人が手を組むことが、最も心配されています。これを阻止しなければならないのです」


「手を組みそうなのですか?」


「そうです。仕舞冠太が、サンフランシスコの大学で研究をしていたとき、クレイマンというサークルに入っていましたが、師事した教授はシープアイのメンバーだったんです。この教授は、技術が完成すると同時に、偶然にも事故死してしまい、技術は、冠太が持ち去ってしまいました。そのため、シープアイも技術を取り戻すため冠太を追いかけているんです」


「なるほど、そこでつながるのか!」


「さて、二人を捕まえる作戦ですが、先ほど言ったように、四倉を負えば仕舞にたどり着くと言ったように、四倉の情報を集めることが一つです。もう一つは、日本の羊会の解明です。行方不明の人間が、戻って来たというケースの中に羊会のメンバーが必ずいるはずです。その人間を捕まえて、口を割らせましょう」

 

 俊介は、たちまち、四倉とのやり取りを思い出し、ふいにトムに質問した。


「一つ、質問があります。仕舞を捕まえた時に、いや、四倉を捕まえた時に、彼は、私に言いました。なぜ自分の居場所を発見できたのかとしつこいほど尋ねてきました。それほど、四倉は、プライドが高く、自信家であったということです。いったい、四倉と仕舞は、どちらが主導権を握って活動しているのですか?もし四倉より仕舞が、より上手でその通りに四倉が動いているとしたら、四倉より仕舞の思考でこの事件は考えていかなければならない気がしますが」


「なるほど、それは良いクエスチョンですね。新しい物質の開発からすれば仕舞のIQは相当高いはずで、四倉とは比べものにならないでしょう。その意味では、仕舞が四倉に様々なことを指示して実行させていることは間違いありません。そうなると、仕舞は四倉がミスらないように手を打っているということです。ならば、俊介の言うように、四倉に目をとられ過ぎるとダメですね。自分のことの方がおろそかになりがちな仕舞を追い、仕舞のいるところに四倉がいると考えた方が良さそうですね。良い指摘です」


「もちろん、仕舞は四倉として動いているので、四倉の動きを追うことになりますが、仕舞としての動きを見失わないことが大事だと思います」


「オーケー!それでいきましょう。俊介!頼りにしてますよ!」


 トムはにっこりして、親しみをこめた目で俊介を見た。


「もう一つあるのですが、冠太の父、権三殺害の件は、捜査を継続して構いませんか?それとも、他に任せるのですか?」


 俊介は、権三の件から手を引くべきなのか気になって、トムに質問した。


「仕舞家の件は、すべて我々でやりましょう。他の部署に任せた場合、どこかで我々とつながってしまうと厄介ですからね。他に質問はありますか?無ければ説明はここまでです。みなさんは優秀と聞いています。少数精鋭でいきましょう!」


 刃条は、まだ青くさい若者に見えたトムが、明晰な頭脳で事件を語り、思考も柔軟な様子を見て、決然とした口調でまとめた。


「それじゃ、トムの滞在期間内の解決を念頭に、さっそく、今日から行動開始だ!」


 トムと鼻田は、日米の情報のすり合わせのため会議室に移動し、寺場、紫蘭、遠山は仕舞と四倉、そして羊会の情報収集へと動くと、俊介と都真子は、里哉香との約束もあって、権三の死をめぐる真相解明にTS1をもって殺害現場の吊り橋に向かった。


「何はさておき、市長の事件だけは、打っちゃってはおけないよ。里哉香との約束をほごにするわけにはいかないからな」


 市長が命を落とした桜橋には、その非業の死を悼んで、市民から捧げられた献花が山のように欄干に置かれていた。


 二人は現場に手を合わせ、橋の中央から下流を見渡すと、永地川の両側に等間隔に植えられている桜の大木が、はるか遠くまで見える。


「ずいぶん高さがあるわね。ここから落ちたら助からないわね」


「ああ、三十メートル以上はありそうだな。それにしても、景色のいいところだ。春になったら、花見客で賑あうだろうな」


 俊介は、橋のたもとの桜の木に目をやると、桜橋の方角がちょうど見える大木を選んで、TS1を当てることにした。


「最初の映像は見たくないわ……それが出終わったら教えて」


 都真子は、そう言うと、わざと吊り橋の方を見ていた。


「おっ!映ったぞ!うわっ!この橋も自殺者がいたのか?」


 最初の映像には、蒼白な顔をして、橋から飛び下りる若い女性の姿が映った。


 しばらく雑像が流れたあと、モニターには、ライトアップされた桜橋の上で、三人の人物が揉み合っている姿が映った。


「映ったぞ!市長だ!羽交もいる!んっ!この女は誰だ?」


「事件の真相に迫る映像だわ。まって、市長は身体がふらついているわ」


 二人は、固唾を飲んで、何が起きるのかと、不安げに薄暗い映像をのぞきこんだ。


「えっ!市長を川へ突き落とそうとしているのは羽交じゃないぞ!」


「そうよ!この女よ!」


「あっ!市長が……」


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