第30話 乱闘騒ぎ

「羊会の副代表の合院だ!俺に言わせると、こんな愚にもつかぬ会議には大反対だ!たわけたことに、どだい反社会の稼業のくせに手を結ぶなんざお笑い草だ!この世界は、強い者が勝ち残ればいいだけだ!」


 有田は、藪から棒に現れた、合院の態度に神経を逆なでされ、おまけに会議をぶちこわそうとすることばに、憤怒の火花が燃えた。


《あいつは名前だけの副代表だから、何にも知らせちゃいないはずなのに、どこかで、この会議の開催を嗅ぎつけやがったな。合院に引っかき回されたら、元も子もないぞ》


 有田は、矢も楯もたまらず、険しい表情で合院の機先を制した。


「まあ、待て!おれたちの仕事は、微妙なバランスで成り立っているんだ。ほころびの出始めは命取りなんだぞ。ここのところのバッティングは危険な状況まで来ている。協定の件は、おれたちに任せて、席を外してくれ!」


 いっこうに、腹の虫のおさまらない合院は、敵意を露わにまくし立てた。


「うわっつらの協定なんて、何があっても、納得できるわけがない!今日は、さっさと終わってくださいよ!我々の仕事には共存共栄なんて有り得ないんだ!」


《合院を部屋に入れたのが間違いだったな!》


 三原も、合院がうすうすこの会議について勘づいていたことを知っていたが、あとで話をすれば何とかなるだろうと安易に思っていたから、ここまでやるとは思ってもみなかった。


 何事にも腹の座っている六門は、合院に諭すように言った。


「そうかもしれないが、合院さんも潰れるのは嫌だろう。今は電話一本で金を稼げる時代だ。情報の重さは計り知れないじゃないか。同じ稼業なんだからマイナスの情報は分け合ってリスクを避けるのは悪いことじゃないくらい分かるだろう」


 野八重も、いまいましい目で合院を見つめ、居丈高な口調で言った。


「あんたのお陰で心配の種が増したわよ。おとなしくしていてくれないとみんなが困るのよ。こうなると、いちばん、問題なのは羊会さんだわね。こういう、言うことを聞かない人間を抱えているんじゃないの。この件が、片が付かないと協定なんて信用できないね。この男を何とかしたら、堂々と一筆書くよ」


 合院は、野八重の人を小バカにした言い方に腹を立て、たたきつけるように言い返した。


「俺はリスク云々じゃなくて、自由に生きる道を言ってるだけだ!相手を潰したって稼げるだけ稼ぐのが筋ってもんだ!俺は、もう金輪際、こんな羊会とは縁をきらせてもらう!だが、この稼業は続けるつもりだがな」


 合院は、ぐっと胸をそらすと捨て鉢な態度で部屋を出て行った。


 合院は、もともと、有田が見つけて羊会に入れた男で、成り済まし役の経験を積んだ後、羊会の運営に携わるようになった。


 そのうち、手腕が認められると、海外の羊会の過激なグループにひっぱられて、会員に法外な目標を命じて実績を伸ばし、その一方で、達成できなければ何をされるか分からないと怖れた者たちが、びびって、無理なターゲットに手を出して浮足立って行動した結果、失敗するケースも出てきていたのだ。


《やはり副代表にしたのは失敗だったな》


 有田は、胸をえぐられる思いで後悔した。


「それじゃ、共存共栄の方針ってわけね。この稼業は表面に出ないことが一番よ。妙な欲を表に出すと長続きはしないことは良く分かっているはずじゃないか。練馬家の件のように過激な行動をとると、会を危険に晒すのよ。片が付いたから一筆書くわよ。どういう内容なの?」


 合院のために面目をつぶされた有田と三原は、野八重が真っ先に賛成の態度を示したことにホッとした。


「いやはや、さすが一国一城の主という方々だ。皆さんの会もそうかもしれないが成り済まし役から運営側に回る者がほとんどで、色々な経歴をもつ者たちが集まるからまとめるのが大変でね。では、協定の提案だが、三点にしぼりたいと思ってます。一つめは、ターゲットは知らせ合うこと。二つ目は重なったら会議をもって賽を振ること。三つ目はお互いを潰し合うような手段をとらないことですが、どうです?」


 桐生も野八重も異議は無く、いちばん過激な羊会から提案してくれるなら悪くはないと考えた。


「一筆書いて手元に置かせてもらわないとね」


 野八重が、有田の用意した三ヶ条の協定書に署名すると、続いて桐生が署名して、ここに成り済まし協定の成立を見た。


 最後に、三者会議については、例え一者からの要望があっても開くことを確認したあと会議自体は幕を閉じたが、桐生が、料理を用意してあると言い添え、懇親の席に移った。


「当ホテルの懐石コースです。遠慮なく召し上がってください」


《これからがもうひと踏ん張りだ。仕舞冠太の情報を手に入れないとな》


 有田は、何喰わぬ顔で、あたかも探るように桐生に質問した。


「仕舞家に弁護士が入ったそうですが、拝見寄クラブさんの仕業でしょ。冠太本人の依頼なんですか?」


 桐生は、ぎくりとしたが、腹の中を見せないように、どっちつかずの返事をした。


「まさか、警察にマークされるようなことはしませんよ」


 三原も、絶好の機会を逃すまいと、カマをかけて、冠太の居場所を探った。


「団田は、たちの悪い弁護士だそうですね。冠太とつながっていることは間違いありませんよ。冠太は人の顔を変える技術をもってるからね、成り済ましに使いたいもんだね。もし冠太と会わせてくれたらお礼はしますよ」


 桐生はよくわからない話だと逃げを打った。


 野八重も羊会の行動を疑って、有田の腹をさぐった。


「市長が死なないと遺産は手にできないわけだから、誰かが手を下して話を早めた可能性はあるわね。私が考えるところ、市長の件は素人の仕事じゃないね。婿になる男がすぐ犯人に名前が上がるなんてよくできたシナリオだわ」


「まるで犯人に目星が付いているような言い方ですね」


 三原もよこあいから口を出して、余計な想像をけむに巻いた。


 というのも、有田も三原も、知らないところで、合院が動いている可能性を、まんざら、否定できなかったからである。


「市長が、よそからホテルを誘致しようとして、地元の八草沢興業を怒らせたことはみんな知ってるわよ。その辺りで羊会さんが動くことはないの?さっきの男も怪しいわね」


「いやいや、いくら何でも人殺しまではやりませんよ」


 有田は、野八重によって冠太の話題をそらされてしまったが、そのあとも根掘り葉掘り、冠太の話に触れては、居どころにつながる情報を得ようとやっきになったが、結局のところ、無駄骨に終わった。


 こうして三者の協定は、だましっこを繰り返しながらも、今後、ある程度の効力を維持していくことになるのである。


 後になってわかったことであるが、合院が、羊会を飛び出したのには、それなりの勝算があったのであり、それは、もっと大きなバックを見つけていたことにあった。


 合院は、以前、ターゲットとして仕舞家の調査を指示された際に、まだ青くさい冠太とは比較にならないくらいに、仕舞権三という善良な評判と悪どい評判の両極端の顔をあわせ持つ人間に、ことのほか興味を持った。


 権三や合院に限らず、世の中には、善人と呼ばれる人間を、何も思い切ったことの出来ない無力な存在と小ばかにし、軽蔑するような人間がいる。


 とは言っても、誕生から善人も悪人もいないわけだから、貧困や失業といった社会問題に巻き込まれたり、保護能力のない親元で十分な躾が受けられずに育ったりして、やがて、どこかの時点で悪人と称される人間に育つのであるが、悪人は、自由奔放に行動することに手応えを感じ、社会のルールなどおかまいなしで平気の平左でそれを破るので、そうした行為を英雄的行為と理解し、悪人だけが喝采を送る狭い世界の中で、ヒーローとして仰ぐということが、まるっきりないとは言えない。


 してみれば、善人と悪人の両方が暮らすこの現実社会では、合院のように、善悪の基準より強弱の基準を優先して考え、強く裕福でさえあれば権三のような人間であっても、英雄視する人間がいてもおかしくはないのである。


 さらに合院は、今現在、権三が、地元の有力者、八草沢会長とは犬猿の仲にあることや、地元を無視した全国チェーンのホテルの進出を巡って激しく対立していることを知った。


《権三がどれほどの悪人なのか、一度試しに会ってみたいものだ》


 そこで、合院は、市長の顔を一目見ようと、市に新しく参入する観光ホテルが開催する物産展の会場を訪れた際に、腕がうずうずと鳴るような思いがけぬ場面に出くわしたのである。


 何しろ、八草沢興業は、この芝居じみた開催に水をさすために、おおぜいの人間を集めて、新ホテル進出反対のデモ隊を編成すると、会場になだれ込んだついでに、権三も襲って、腕の一本もへし折ってやるつもりでいた。


 ところが、権三も、八草沢興業への警戒感から、反対派の乱入の噂を耳にすると、賛成派の腕っぷしの強い男たちを集めて待ち構え、自分にはボディガードをつけて、指一本触れさせない体制をとった。


 とつぜん、合院の目の前で騒ぎは始まった。


 物産展のまわりには、バリケードが築かれていて、反対派は足止めを食ったが、各人が単独でバリケードを乗り越えて、会場に飛び込もうとすると、賛成派の屈強な男たちに阻まれた。


「会場に入れるんじゃないぞ!」


「うるせー!行け!やっちまえ!」


 手にしていたプラカードは、たちまち角材に変身し、両者、入り乱れての大乱闘になった。


「こいつは、おもしろい!」


 合院の目は火花のようにきらめいた。

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