第31話 つむじ風

 両陣営とも、後にも先にも、どれだけ、金をもらっていたのかわからないが、互角に渡りあっていた。


 甲高い声を上げて、角材をめくら滅法に、振り回している者、後ろから特産品の皿を頭に叩きつける者、ひるんだところを、角材を奪って、あべこべに殴りつける者、素っ頓狂な声でうなって、頭突きをしまくる者、角材を持った男を横から足を払って転ばして、倒れたところを足でふんづける者など、滅茶苦茶で、ごちゃごちゃな殴り合い、蹴り合い、叩き合いが、あちらこちらで、繰り広げられたところへ、おおぜいの警官が駆けつけて止めに入った。


 すると、ある者は逃げ出し、ある者は動きを押さえつけられ、ある者はふらついて倒れるなどして、黒山のような人だかりが散ってしまうと、全体としては、反対派の襲撃の方が失敗したように見えた。


 市長も、不意に背広を引っ張られて、まるっきり半分が破けていたが、傷を負うようなことはなかった。


 合院は、自分も加わってみたいと思うくらい血が騒いだが、はやる気持ちを抑えて、ことの成り行きを凝視していた。


「いやはや、しまいまで、市長には手が出せていないじゃないか?俺だったら、もっと上手くやれるぞ。だとすると、八草沢興業派にくっついて、助船を出してやったほうがおもしろそうだぞ」


 合院は、ずばり心の底から、自分の売り込み先を、権三から八草沢興業に乗り換えることを決心していた。


 この騒動は、翌日の横州新聞の一面に、でかでかと載った。


 タイトルは『市長派と八草沢興業派で乱闘騒ぎ』と銘打ち、たまたま、物産展の取材に来ていた横州新聞の記者、尻田刈一が、ぱちぱち、写真も撮って、背広を破られた市長の呆然とした顔の映った、まるで市民の視線を釘付けにするような、とびっきりの一枚も掲載した。


 尻田の記事には、『市の発展にはどちらが良いのか?』と、現在の横州市の未来をうらなう地元優先主義と外力導入主義との戦いであると投げかけ、どの町でも、ましてや、一国でもあり得る問題だと問題提起した上で、識者による座談会の開催まで予告するしまつでまとめてあった。


「先日の騒動を拝見して、当社におまかせ願えば、もっと上手に新ホテルの追い出しをやれますよ」


 合院は、即刻、思いつきで名付けた真羊会という企業の代表者として、真面目くさった顔で、八草沢興業の本社を訪問し、のっけから強気なメッセージを言づけて、会社側とのつながりをつけようと試みた。


 ちょうど、社長は不在で、今になっても、襲撃の失敗に業を煮やしていた会長だけがいたことが幸いし、腹立ちまぎれに話をきいてやろうということになって、会長室に通された。


「騒動の場にいたのか?いったい何者だ?」


 八草沢元司は、合院を一目見るなり、何かをしでかしそうな男に感じた。


「はい。私は、西日本で人材派遣業をやっている者ですが、東日本でも事業をやりたくて、当市を視察していた最中でした」


「人材派遣事業?そうは見えんな」


「人材にもいろいろな人材がいますからね。どだい、表の世界では、まぶしくって顔も見せられないような奴でも、裏の世界では、またとない働きができる人材がたまにいて、そう言った者をかかえています」


「ずいぶんと風変わりに聞こえるが、一理はありそうだな。事情は分かっていそうだから、こっちの頼みに乗れるのか?ほかでもないが、市長が進めている湯乃郷グランドホテルが、すっぱり進出を諦めるように、こっぴどく脅してくれないか!だが、一筋縄じゃいかん市長だぞ」


「任せていただけるなら、これっぱかしも、会長にはご迷惑はかけません。私の責任のもとで、一から十までやらせていただきます」


「ほう、頼もしいな。見返りは何が欲しいんだ?金か?」


「一つだけ欲しいものがありましてね。ホテルを経営させちゃもらえませんかね?」


「あはははっ!ホテルのオーナーになりたいのか。それなら、ちょうど今、オーナーの首をすげかえようと思ってるホテルがあってな。そこの社長は悪い奴ではないが裏表のある男でな、湯之郷グループから裏で金を貰って、市長の仲間になりおったんだ。わしには知られてないと思っているだろうから、いつ、ばれるかと気を揉んでいるはずだ。そいつのホテルをくれてやろう。君がやった方がよっぽど、上手くやれるだろう。ただし、ことが成功したらの話だがな」


「それはやる気がでますね。まちがいなくご希望通りの結果を出して見せます。是非、お任せ下さい」


 合院は会長室を退出する時にはすでに作戦を描いていた。


《見てろ。必ず、のし上がってやる》


「じゃあね!また明日ね!」


 湾岸のタワーマンションに暮らす、湯乃郷観光グループの社長の息子、速久(はやひさ)快世は、終学活が終わると、習い事に行くためにさっさと小学校を出た。


 いつものように、母親の久里子は、息子に付き添って、目と鼻の先にあるスイミングスクールに行くため、こってりと身支度をして部屋で待っていたが、時間になっても、ろくすっぽ、帰ってこないのだ。


 そこへ、藪から棒に、一本の電話がかかってきた。


「息子は預かった。父親に伝えろ!横州市からのグランドホテルの撤退を決断しろ!警察にたれこんだら息子の命はないと思え!奥さん、死ぬ時は皆同じだよ!決断したら、今夜、夜八時に、マンションの入り口に、スマホを持って、赤い布を持って立っていろ!身代金を取る訳じゃないから、しごく、簡単な要求だろう!俺たちはプロだ、子供を埋めるくらいはわけのないことだからな!」


 合院は、湯乃郷グループの進出を阻止するために、社長の息子を誘拐して脅しをかけたのだ。


 電話を受け取った久理子は動揺するなんてものではなかった。


 半狂乱になって旦那に懇願した。


「快世が誘拐されたのよ!横州にはホテルを出さないで!」


 社長の速久徹太も決断するのにたいした時間はかからなかった。


「息子の命と代えられるわけはない!なんて恐ろしい街だ!物産展は打ち壊されるし、息子は人質に取られるくらいなら、あんな街を相手にとっても商売はできない!今すぐ、横州市から撤退する!」


 徹太は、即刻、赤いハンカチを持って、入り口の一番良く見える場所に夫婦で立つと、その直後だ、スマホに電話が入った。


「マンションの裏手に乳母車が置いてある。それに乗って息子はよく眠ってるよ」


 夫婦があわふためいて走って行ってみると、乳母車の中で、ぐっすり眠らされていた息子を発見して、胸をなでおろしたが、そのとたん、いいしれない市長への、また、横州市への怒りや憤りの気持ちが、火山の噴火のように湧き上がった。


「市長!この話は無かったことにしてくれ!まだ契約書は交わしてないはずだからな!」


 翌日、いきなり市長室にやって来た徹太に、ぽかんとする権三は、湯乃郷グループの撤退を告げられ、徹太は、その足で建設予定地に踏み込んで、作った湯乃郷グランドホテル建設の看板をさんざんに打ち壊して帰って行った。


「約束通り、ホテルはお前のものだ。まさしくつむじ風が吹き荒れたようで、じつに清々した気分だ。上手く経営してくれ!同時に八草沢グループへもポジションを作るからな」


 八草沢会長は、あがめんばかりの笑顔で、合院を迎え入れ、八草之宮ホテルの権利書を渡した。


「ホテルを頂いただけで十分です!今は、万が一のことがあれば会長に迷惑がかかりますので外部の人間で結構です」


「まあ、そう言うな。厄介な件案をあっという間に解決した手腕はうちに取っておきたいからな。何しろ、市長の首を取らんと、終わらんのだ。まあ、他にも何か希望があれば、いずれ、また言いなさい」


 会長室には、お払い箱になった八草之宮ホテルの社長であり、会長の三男である門次郎が来ており、会長は合院の目の前で門次郎を罵った。


「お前には、別荘地の管理を任せるからすぐやれ!今度裏切ったらこんなお情けじゃ済まさんぞ!分かったな!」


「はい!わかりました」


 汲々としている門次郎の姿を見て、失敗したら同じ目に合うと思うと、さすがの合院も、心臓がぎゅっとしめつけられるような思いのまま、会長室を出た。


 こうして合院は、まだ権三市長の存命中に、八草沢興業のもとで力を伸ばす素地を作っていたのであり、その後、協定会議の場を蹴ってまで羊会から独立した背景には、八草沢グループをバックに、羊会から始めて、拝見寄クラブや赤屋敷を潰してのっとってしまおうとする魂胆を胸に秘めていた。


「横州温泉郷にある八草之宮ホテルの社長に合院が就任したらしいぞ」


 有田は三原から聞いておどろいた。


「いつの間に、そんなつながりを作ったんだ。だから、あっさり羊会を辞めるなんて言ったんだな。奴がホテル業に専念するはずはないに決まってる。拠点となる場所がほしいだけだ。あくまで、成り済まし業を続ける気に違いない」


 そうこうするうちに、さっそく、合院が動き出した。


 合院は、手はじめに、有田と三原を追い出して、羊会の組織を自分のものにしようと考え、手に入れた八草之宮ホテルに有田と三原を呼び出した。


「羊会は、もともと、西日本が縄張りだろう。さっさと撤退して、古巣へ戻って貰いたい!東日本はおれがやる!」


「何!そんなことは誰が認めるものか!」


 有田の目は怒りで燃え上がった。


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