第23話 冬の灯篭流し
「だれだ!お前ら!」
大留は、もともと、敵の多い人間だから、かいもく、見当もつかなかったが、腕っ節には自信があったから、三人を相手に、尻込みすることなく、めくら滅法、抵抗していると、騒ぎを聞きつけた妹の日奈子が、びっくり仰天して、警察を呼んだ。
大留が、ひょこひょこ、庭中を逃げ回りながら、応戦していると、遠くからパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。
「ちくしょう!ここまでだ!逃げろ!」
三人組の男たちは、いっこうに、止めを刺せないことに業を煮やしたが、深追いせずに逃げて行ったので、重傷を負っていた大留は、てこまい医療センターに運び込まれた。
傷害事件発生として、病院に駆けつけた都真子は、大留が、過去にもトラブルを起こしているやくざ者と知って、他愛のない、ただの喧嘩として処理しようとしたが、大留から気になる言葉を耳にした。
「刑事さん!俺の実家に、兄貴の成り済まし野郎が入っていて、そいつを追い出そうとしたから、襲われたに違いない!犯人は、成り済まし野郎とぐるだ!」
鼻田は、都真子から人間の成り済ましが起きているらしいという報告を聞くと、一種特別な事件の匂いをぷんぷんと感じた。
「やくざ者同士の泥水のかけ合いのようなケンカで、気の利いたウソを理由に挙げたとしても、成り済ましなんてウソは、たいがい、出てこないだろう」
「ええ、私もそう思います。だいいち、兄の淡人ですけど、三年もの間、行方不明だったくせに、今もまた、所在が不明です。もしかすると、そいつが、まさしく淡人の成り済ましかもしれません」
鼻田は、取るに足らない、やくざのケンカと承知の上で、都真子と俊介に、練馬家の現場検証を命じた。
こんもりとした裏山を背にして広い敷地をもつ練馬家は、ぐるっと取り囲む塀の中に、瓦屋根が黒光る和風の建物を有し、とりわけ、きちんと刈りそろえられた樹木の並ぶ庭園は、この家の自慢の一つだった。
「こんなに立派な木がたくさんあるなら、TS1を使いましょうよ」
「ああ、大留が襲撃されて、最初に飛び出したのは裏庭だったな」
「ほら、この梅の木は立派ね。この木にしましょうよ」
俊介は、TS1のセンサーを幹に当て、日付を調節しながらモニターをのぞきこむと、とたんに、いつもながらの切迫した映像が浮かび出た。
「ひゃ!血まみれの男よ!あれっ?待って!この男は長男の淡人よ!昨日はいないはずよ!どうして、こんな姿で登場するわけ?」
「とっぱじめに出る映像は、樹木に焼きついた印象的なシーンだから、いつのものかは、調べないとわからないけどな!昨日の映像が出るのは、これから先だ!」
その直後、モニターには、大留めがけて、見知らぬ三人の男が、甲高い声をあげて、躍りかかっている映像が映った。
「大留って、何てやつなの!一対三なのに、ひけをとってないわ!」
TS1で四人の姿を追うと、裏庭の次は、東側の駐車場、その次は、中庭へと、目まぐるしく移動したところで、サイレンの音が耳に入った三人の男は、大留をうっちゃったまま、裏庭へ引き返し、塀を乗り越えて逃げて行ったことがわかった。
「映像で見ると、大留は、何か所か斬られたり刺されたりしたようだ。警官の到着が、のろのろしていたら、やっこさんの命はなかったかもしれないな。それにしても、この連中は、いったい何者なんだ?」
都真子は、けげんそうな顔をして、首をひねった。
「三人の言葉のアクセントや言い回って、関西弁っぽく聞こえた気がするんだけどね……それより、はじめに映った映像が、やけに気になるわ。映像から時期を調べられるの?」
「ああ、任せとけ!いくらでもできるよ」
俊介が、そそくさとTS1を操作すると、血まみれの淡人が映った映像は、三年前のことで、おまけに日付までわかった。
二人は、ふたたび梅の木に戻って、映像を取り出してみることにした。
「出たわ!大留と淡人が、口論してるわ!」
「大留!何度、言ったらわかるんだ!お前に渡すカネなんぞ、うちには、一円たりともないと言ったはずだ!いい加減、くだらん世界から足を洗ったらどうだ!」
「うるせえ!兄貴に何がわかる!」
「何!生意気な顔しやがって!」
淡人は、大留を力まかせに殴り倒すと、大留もいどみかかったが、がっちりした身体で、バカ力の淡人には、どうにもこうにも、力ずくでは、歯が立たなかったのである。
「いいか!まっとうに生きる気を起こすまで、二度と顔を出すんじゃないぞ!わかったな!」
淡人は、痛みで動きの止まった大留を見下ろし、兄としての忠言を言い渡すと、くるっと背を向けて、立ち去ろうとしたその時だ、別人のように狂おしい顔つきに変わった大留は、淡人の後頭部めがけて、やにわに、近くにあった塊をつかんで投げつけた。
「投げたのはブロック片の塊よ!淡人が、ばったり倒れたわ!なによ!おっかぶさって、塊で殴りつけているわ!これは殺人未遂よ!」
「淡人を担いだぞ!どこへ連れて行く気だ?この方向だと裏山じゃないか!」
「ああ、画面からはみ出たわ!次の木よ!」
二人は、TS1を使って、根気強く大留の姿を追いかけている間にも、大留の白っぽい上着は、どんどん血に染まっていく。
大留は、裏山の中腹辺りまで、淡人を担ぎ上げ、自然に出来た窪みを見つけると、まだ息のある淡人を斜面に降ろした。
「大留が、現場を離れたわ!」
「淡人を埋めるつもりだな!手で土をかいても、らちがあかないと思ったのだろう。きっと、道具を取りに行ったんだ!」
俊介の思ったとおり、数分ののち、スコップを手に現れた大留は、窪みをかなり深くまで掘って、やにわに淡人を穴のど真ん中へ放り込むと、まんまと埋めてしまったのである。
「こりゃ、もしかすると、淡人はまだ裏山に埋まってる可能性がありそうだぞ。掘ってみるか?」
「ええ、スコップを借りて来るわ。映像に映った辺りの場所を、探しといて」
俊介は、息を飲むようにして、映像に映った窪みを探し始めると、しとしとと小雨が降り出した。
《もう三年もたっているから、様子が変わっているかもしれないな。映像ではこの辺りのはずだが……》
都真子が、スコップを持って上がってくると、俊介が受け取って、せっせと、慎重に掘り進めた。
小雨は、しのついて降り続き、俊介の身体は、雨と汗で、ぐっしょりぬれてきたが、何が出て来るのか、今か今かと思いながら、掘っていると、ふいに異変を感じて口走った。
「何かにぶつかった!」
俊介は、スコップを、そっと土に差し込み、ぐいっと持ち上げて引き戻すと、手のひらのような白い物体が、目に入ったのである。
「うわっ!ひょっとすると、骨か?至急、鼻田係長に連絡してくれ!」
やがて、鼻田係長が、署員を引き連れてやってくると、白骨化した人間の全身が掘り出され、DNA鑑定の結果、淡人とわかった。
「TS1の映像からは、大留が犯人なのは明瞭ですが、大留を逮捕したくてもTS1の映像以外に証拠がありません。見ていた人間でもいれば、証言が得られるんですが……」
俊介も都真子も、ことさらに悔しがった。
「淡人兄さんと大留兄さんのいざこざを知っています!」
淡人の変わり果てた姿が、裏山から発見されたことを知らされた妹の日奈子から、都真子に連絡が入ると、二人は、渡りに船とばかりに、日奈子からの情報に期待をかけた。
長兄の淡人を尊敬していた妹の日奈子は、つねづね、二人の仲が悪かったことの原因は、まるっきり大留にあると考えていたので、大留が家に戻るたびに、淡人と何か起きないかと、ちらちら心配していたのである。
もっぱら、むざんな幕切れとなった、二人の兄の衝突について話が及んだ。
日奈子が言うには、その夜、大留と淡人が裏庭で大声を出していることに気づいて、恐怖で部屋から出られなくなってしまったが、じきに声が止んで妙に静かになったので、裏庭に行ってみると、真っ赤な服を着て、裏山から降りて来た大留と鉢合わせになったというのだ。
「日奈子!見てたのか?」
「何も見てないわよ!」
「ウソを言うな!ほんとのことを言え!」
大留は、何か見られてはいけないものを見たと、勝手に思い込んだのか、実際のところ、声は聞いたが、何も見てはいなかった日奈子を追い回した。
そのとき、偶然にも、タイミング良く家政婦の岡井が通りかかったため、大留が気をとられた隙に、日奈子は逃げることができたようだ。
日奈子は、理由もわからないまま大留に追い回され、淡人も行方不明になって、家には家政婦と二人しかいなくなったため、怖くなって、しばらく友人の家に厄介になっているうちに、大留は実家から消えてしまっていたというのだ。
日奈子と岡井の証言から、大留が、その日、裏山で何かしていたこと、大留の服が血で赤く染まっていたことに弁解の余地がないと判断し、淡人殺人の容疑者として大留逮捕にたどりついた。
だが、成り済ましの件は、何一つ判明せず、裏で事件の糸を引く者たちの存在は、これぽっちも表に現れることはなかった。
とは言え、いよいよ、黒幕とも言える連中たちが動き始めるのだ。
さて、極寒の二月、横州市ではハドマンという奇祭が行われる。
ハドマンとはハドマからきており、ハドマとは八寒地獄の一つで、氷に覆われた地獄を意味し、この地獄に落ちた者は、寒さにより肌が裂けて紅の蓮のように見えることから紅蓮(ぐれん)地獄ともいう。
この祭りでは、竜の吐く炎で、八寒地獄に落ちた者たちの苦を和らげようと、ワラを使って竜を模した巨大な灯籠を作り、川に流すと言う真冬に行う祭りである。
また、竜灯籠以外にも、この一年の間に死者が出た家から小竜灯籠を流すしきたりもある。
ハドマンは横州城跡に作られた城山公園を会場にして、毎年帰省客を当て込んで開催することもあって、今年も大勢の老若男女で賑わっている。
幾つもぶら下がる提灯の行列や、金銀のきらびやかな装飾物が会場を彩り、中央通りは右を見ても左を見ても、温かい汁物や串焼きなどを売る屋台が続いており、誰もが、吐く息を白く染めて、お喋りや遊戯に夢中になって、はしゃいでいる姿が、あちらこちらで見られるのだ。
こうした二月の極寒の夜、背筋を凍らす恐ろしい事件は起きた。
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