第25話 富子の怒り

 一同に揃った仕舞家の一族は、ひょっこり現れた団田からの一言に、誰もがぽかんと口を開けた。


 弁護士の団田は、四倉との打ち合わせ通り、仕舞家を引っ掻き回す目的をもって、法を笠に着た最適の名代として、権三の葬儀に足を踏み入れて来たのだ。


 次男の蓮二の目に映る団田は、脱獄中の冠太の存在自体が、まぎれもなく、怪しく謎めいていたこともあって、恐ろしく場にそぐわぬ光景としか映らなかったし、妹の花華や里哉香も、裁判の時にさえ、成人してからの冠太の顔を見たときに、自分の兄と自覚できるほどの存在感は感じなかったが、やはり、指名手配犯になってからは、名前を聞くだけでびくびくしていた。


 団田が誰に断ることなく、権三の妻の典子を横目に見て、臆面もなく親族席に座るのを見た蓮二は、陰で警察に連絡を入れた。


「脱獄した仕舞冠太の名代だと言って、団田という弁護士が、葬儀に現れたんです。ただ、葬儀の真っ最中に、もめ事を起こしたくないので……」


 団田は、一同が迷っているうちに告別式から出棺、火葬、拾骨、精進落としまで、よくも、しゃあしゃあと顔を出し、そのあと、気がついたら姿を消してしまっていた。


 葬儀が終了するのを見計らった都真子と俊介は、団田弁護士の事務所にすっ飛んでいった。


「仕舞の居場所を知っているなら、犯人隠匿罪に問われますよ!」


 都真子は、険しい口調で団田を問い詰めた。


「先週、私に、非通知の電話が来ましてね。名前も言わずにね、父親の葬儀が、どうのこうのと、長ったらしい話をしたあげく、一方的に切っちまったんですよ。まあ、相手が誰かもわからないし、よくある、いたずら電話だと思って、警察に届けてもしょうがないと思ったんですよ。それでも、隠匿罪なんですか?」


「それじゃ、どうして、仕舞の名代なんて言って、葬儀に出たんですか?」


「ああ、それはね、彼とは、国選弁護人を務めたときに、口頭で、自分の権利関係をお願いしますって言われていたんです。口頭なんで、文書も何も残っていませんけどね。ただ、可哀そうになっちゃって、彼の権利を守ってあげたいと思っただけですよ。どうぞ、その行為が犯罪なら、私を逮捕してください」


 俊介も、たちの悪い言い回しに、眉をよせて言い返した。


「本当に、仕舞からの電話ではなかったのですね?」


「どうぞ、何でも、調べていただいて結構です。かかって来た電話番号は非通知でしたが、どうぞスマホも持って行ってお調べください。私は、あくまでも、自分で自主的にやっているだけで、親族から、断られたら、あとは野となれ、山となれですよ。やれる範囲でやるですから」


「あいつは、しらばっくれているけど、仕舞とつながっているに決まってるわ!見張りを強めて、絶対尻尾をつかんでやる!」


 都真子は、団田の得意げな態度に、地団太ふんで悔しがった。


 それやこれやで、納骨や四十九日が済むと、知識もあり、弁も立つ団田は、権三の遺産相続に臆面も無く口を挟んできて、法定の相続額を匂わせてきた。


 蓮二は、いい加減、団田を相手にすることを憤りを感じ、富子に言った。


「たとえ、冠太に権利があったって、どのみち、犯罪者として逃げ回っている以上、すべてが凍結されていて、遺産を受け取るなど、とうてい、不可能だろう。そんなこと、団田だって百も承知のはずなのに、何でまた、執拗に首をつっこんでくるんだろうか。一日でも早く、追い出してしまおう」


 富子は、とげとげしい口調で、真っ向から団田に苦言を呈した。


「だって、冠太さんはね、今まで好き放題やって来て、こともあろうに脱獄犯なんて汚名をかぶりながら、よく逃げていられるものよ。祖母の葬儀にも現れず、お父様の葬儀には遺産がどうのこうのなんて、あなたも、金輪際、黙っておとなしくしていてもらえませんか?」


「富子の言う通りですよ。あんたの出る幕じゃありません。私たちは私たちで、こっちの弁護士さんと相談して、片をつけますから、もう来ないでくださいよ」


 蓮二も、かっかして、厄介者扱いがましく、団田に言明した。


 この次男の蓮二という男は、継母、典子の実子で、いたって、とりえのない、凡庸な男で、学業も普通、仕事ぶりも普通、志や出世意欲も普通という、何不自由なく育った人間に見られる問題意識の低い、典型的な二世タイプだった。


 しかし、権三は、そういう蓮二で十分満足していた。


 なぜなら、権三の期待は、一心に冠太に集まっていたからだ。


「いずれ、冠太が戻ってきたら俺の後を継がせる!」


 そう考えていた権三は、蓮二に優秀さは求めず、冠太が上に立った時、黙って、おとなしくしたがう人間でいて欲しかったのだ。


「冠太氏には、長男として、親父とは血の繋がった権利がありまして、みなさんが、つべこべ言う筋合いはないんですね。おとなしく遺産さえ渡してもらえば問題はありません」


 団田はあくまでも、冠太のために金欲しさでやって来たと臆面もなく開き直って言い放った。


 富子は、自分勝手な言い草を聞いて怒りを爆発させて罵った。


「いい加減にして下さい!いくら義兄の名代だって情けないわ。すぐにでも出て行ってください!あほらしいわ!」


 すると団田は、前へ出るなり、富子の顔をしげしげと見て言った。


「嫁の立場でそこまで言うと、あなたが遺産目当てのように聞こえますね。ことによっては、あなたたちが、遺産目当てに何か企んでいると見られますよ。冠太氏をこんな犯罪者にしたのはあなた方、身内の責任ですからね。今更、あまり綺麗事を言っても通じないんじゃないですか?」


「それじゃ、私たちが、父親を殺したっていうの?」


「よせよせ」


 蓮二は、事件とこじつけるような発言を聞いて、歯を噛み鳴らして、いきり立つ富子の腕をつかんで制した。


「私たちの方にも、弁護士がいますから、間違いのないようにやりますので、もう、お引き取りください!」


 団田は、けろりとして、すました顔で出て行った。


 富子は、後ろ姿を見ながら、腹立ちまぎれに言った。


「何というえげつない人なんやろ!人として下の下やないか!」


 富子は、強欲とまでは言わないが、元来、負けず嫌いの上、厳格なまでの宗教心を合わせもち、次男の嫁としての責任感から、義母の静乃の看病を、死ぬ間際まで続けた精神力の強い女であった。


 骨身を惜しまず、義母のめんどうをみた自分自身の長年の苦労に比べて、何もしていない義兄が、厚顔にも財産だけ要求するという破廉恥な態度に強い憎悪を感じ、人間として許せなかったのだ。


 富子は大阪に生まれ育ち、高校生の時に山岳部に入って、関東、甲信越の山々にやって来ている。


 富子の登山への思いは父親譲りで、山には神が住むと信じて、登頂することよりも山の神に会うことを目標に山に登っていた信仰心の厚い父親の存在があった。


 そして、とうとう、父と二人で北アルプスに登った時に、一度だけ、霧にかすんだ山頂の手前で、神々しい山の神の姿をこの目で見たと確信したという経験をよく話していたのだ。


 その後、富士登山に来た際に、五合目のレストランでバイトをしていた蓮二と知り合いになり、登山の趣味が合うこともあって、三年ほど付き合った後に結婚している。


 富子は、冠太の問題を、権三の友人で、実家から譲り受けた農園を経営しながら弁護士稼業も営んでいる老弁護士、半月一蔵に相談を持ち掛けた。


 半月は、富子が嫁いできた頃から、義母への奉公に精を出す様子を、感心しながら見てきていた弁護士だ。


「脱獄犯であることから、冠太の人権は制限されているはずだから心配することはないだろう。どうしようもない長男だったからな。もっときびしく躾けておけばよかったんだよ。だがな、権三が頑強に反対して、どうしてもできなかったんだな」


「あんなしょうもない義兄にごっそり取られてたまりますかいな!主張すべきところは主張いたします!」


 ちょうど、団田が出て行ったのとすれ違いに、妹の里哉香が帰ってくると、団田とやり合ったばかりの蓮二と富子は気まずい感じがして顔を背けた。


「何かあったの?不機嫌そうな顔をしてるわね。弁護士さんとすれ違って、挨拶したけど返事も無かったわ」


「そういう弁護士よ!こんな時にいきなり現れて!相手するのも阿保らしいわ!」


 富子は投げやりな態度で言い捨てた。


 なかなか、手掛かりの見つからない警察の捜査は、様々な角度から事件を考え、権三が死ねば父親の遺産が転がり込む人間について、親族も含め、逃亡中の冠太にさえも疑いの目を向けていた。


 ついでながら、権三の死は、実の妹、鳩飼野八重にとっては、仇を討つ相手をいとも簡単に失って、胸にチクリとこたえる出来事であった。


「まさか、あの阿こぎな権三が、けろりと死ぬことになるとは、夢にも思わなかったよ。まあ、自業自得ってわけだがね。こうなると、仕組んだ計画を変えなきゃならんわね」


 本当のところ、野八重が、仕舞家に冠太の成り済ましを送らせようとしたのは、桐生たちに言ったこととは筋が違っていたのだ。


「西日本を縄張りとする成り済ましグループの羊会が、どうやら、東日本に進出してくるらしく、そのターゲットは仕舞家の冠太のようです」


 言うなれば、野八重も一匹オオカミではなく、「赤屋敷」と言う名前の成り済ましグループのトップをつとめており、かねてから九州に送った成り済ましからの情報を得ていたのだ。


「縄張りを荒らされてたまるか」


 くれぐれも、羊会の進出を嫌がった「赤屋敷」は、拝見寄グループを利用して、仕舞家で二人の冠太をぶつけて、ひと騒動起こし、グループを共倒れにしようと考えた。


 野八重は意地を見せようとしたのである。


「それが、一気にぽしゃってしまったよ。どこのどいつが、権三を殺したのか?まあ、自分もその一人だが、権三を恨む相手は、山のようにいたわけだね」


 そこへもってきて、羊会の代表の有田東樹や副代表の合院杉男にも、冠太の逮捕や権三の死は、成り済まし先を失っただけでなく、関東進出の機会を制止され、顔に泥を塗られた思いになった。


 とは言うものの、慎重な人間である有田は、しみじみとした口調で言った。


「俺に言わせると、仕舞家の件は、成り済ましを送り込む直前に、ああした事件が起きたから救われたようなもんだな。なにせ、東日本第一号なんだから失敗はしたくないじゃないか。危ない目に会うのも承知の上だが、そもそも事前調査が甘かったんじゃないのか?」


 有田の性格と正反対に、いつもむっつりして陰気くさい合院は、顔をしかめた。


「まあ、運がよかったということですかね。こんなことで引き下がっちゃ進出できませんよ。かりに別の会の成り済ましが入ったって、そいつを追い出して、こっちの成り済ましを入れるくらいでいかなくちゃダメですよ」


 何となれば合院は、東日本進出第二号の練馬家の件の際にも、淡人の成り済ましを強引にねじこむために、有田には黙って、ぬけぬけと大留を襲わせた張本人であり、羊会の中でも、しだいに強硬派になりつつあった。


 このように、まるでハイエナが群がるように、成り済ましグループのターゲットになっていた仕舞家は、権三の死によって、新たな火種を抱えることになった。


 だが、そうこうするうちに、権三の殺人事件が急展開を見せたのだ。


「真犯人が、逮捕されたぞ!」




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