第21話 練馬一族
桐生も康二も、四倉の顔を穴のあくほど見つめ、すっかり、度肝を抜かれた。
「つまり、お前は、仕舞冠太のお先棒をかついで、身代わりに少年院に入ったというのか?冠太って、市長の息子だろ?」
「まあな、そこかしこにある、家庭の事情ってやつさ」
桐生は、まるで生木を裂くような真似に、腹の中が煮えくり返った。
「よくも、そんな後ろめたいことができたもんだ!仕舞権三ってのは、くれぐれも、たちの悪いオヤジだな!」
「そう目くじらを立てるなよ。俺にしてみれば、これっぱかしも、そう感じなかったんだよ。あべこべに、自分の息子のために、そこまで、見境なしにやる親がいるんだと呆れた程度だったよ。そうじゃなかったら、のっけから承知しなかったさ」
「お前も、すごい人間だ!」
康二は、そんなこととはつゆ知らず、何食わぬ顔で、当時すごしていた四倉の姿が頭に浮かんで、思わず口をついて出た。
四倉は、ぽかんとする二人をそっちのけで、ふいに問いかけた。
「ところで、桐生の親父さんはまだ、不動産屋をやってるのか?この通り、アメリカから帰ったばかりだから、住む家がないのさ。手っ取り早く、見つけたいんだ。もちろん、この町に腰をすえるつもりでいるよ」
「そりゃ、火急に必要だな。親父はとうに引退したが、俺の妹の旦那で庄司って男が、後を継いでるから、俺に任せろよ」
「そいつは助かる。ホテル代がバカにならないからな」
三人は、少年院でのさんざんな思い出や、現在に至る四方山話を、ときには笑い声を上げて、夜っぴて語り合った。
そんなわけで、翌日になると、四倉の家探しのために、六門不動産の庄司のもとを訪れた。
「いやもう、兄さんの知り合いじゃ、いい物件を、紹介しなくっちゃね!」
庄司は、見るからに、義兄を前にして、おべっか使いと思える態度で、声をはずませた。
「とりあえず、マンションと、ついでに作業所がほしいんだ」
桐生は、作業所と聞いて、けげんそうな顔つきで、四倉に尋ねた。
「作業所?なにか作るのか?」
「ああ、アメリカでちょっとしたことを覚えてきたんでね。煙町に佐久根マンションってあったよな。あそこ、空いてないかな?」
四倉が、だしぬけに、ごく自然なそぶりで言うと、庄司は、意表をつかれ、床に目を落とした。
「えっ!いやっ!あそこは、ちょっと……」
「やめとけ!やめとけ!きたねえ町だぞ!みすみす、あんなところを選ぶやつはいないぞ!」
桐生も、目くじらを立てて、反対した。
「俺だって、この町の人間だったんだから、知ってるさ。そうは言っても、せいぜい、二か所も借りるとなると、あんまりカネがないんだ」
「だったら、佐久根マンションなら安い上、いっぱい、空きがありますがね……」
庄司は、桐生の顔色を伺いながら、おそるおそる答えた。
「ついでなんだけど、作業所は、さしあたり、となりの葡萄市や宝物市にない?そっちの方が広くて安いでしょ?」
「はい!まさしく、その通りで、たとえば、葡萄市のコスモ団地の先に、安い物件がありますね」
「ああ、蝙蝠団地か……いいね!」
「よくご存じですね。いやはや、蝙蝠団地なんて呼ばれるようになっちゃって、とんだ団地になりましたけどね。今じゃ、空き家をどっさりかかえてますよ。言うなれば、時代の流れってもんですかね」
四倉は、よりによって、こうした人の嫌うような場所に拠点を構えて、スプレー事件や昆虫作戦を引き起こしていたのだ。
それから半年後、拝見寄ホテルに、ふいに四倉がやってきた。
「電話で話した通り、こいつが仕舞冠太だ」
桐生は、一週間前、仕舞冠太を連れて、ホテルを訪問したいと、四倉からいわくあり気に電話をもらったため、水戸康二といっしょに待っていた。
ロビーで、二人を出迎えた桐生は、四倉と並んで、入って来た長身で、端正な顔立ちの男をひたと見つめ、声をかけた。
「あなたが、市長の息子の仕舞冠太さん?」
「そうです」
桐生は、二人を、日本庭園を、大きなガラス窓越しに眺めることができる、ゴージャスなロビーラウンジに案内すると、曲線が美しく、しなやかな革の張られたイタリア製のソファーに差し向かいで腰かけた。
「今日は、相談があって来たんだ」
四倉は、のっけから、りんとした口調で口火を切った。
「任尽五朗って男をおぼえてるか?」
桐生は、名前を聞いて、ぎくりとして、背中にぞっと悪寒が走った。
「ああ、少年院の時の四人部屋で、俺たち三人以外にもう一人いた男だな。そいつがどうしたんだ……」
「煙町のマンションで会ったのさ」
「おお……そりゃ、偶然だな……」
「五朗から聞いたんだが、お前とは、時々、会うそうじゃないか?今でも付き合いがあるんだな」
「はははっ、五朗がそう言ってたんじゃ、隠すわけにはいかないな」
桐生はとぼけることなく返すと、四倉も、さばさばしたような顔つきで話を続けた。
「事情は聞いたよ」
「そうか、それで何が言いたいんだ」
桐生は、四倉の思惑を十分とらえきれずに、成り行きまかせの調子で、問い返した。
「俺たちも、ちょっとした優れわざをもってるんだが……いっしょに組んでやらないかって思ってな……決して、お前たちに損なことはないぞ」
四倉は、自信あり気な調子を響かせて、目をらんらんと輝かせた。
「お前、どこまで知ってるんだ?」
桐生も、こうなると、駈け引きの上手さは、負けてはいない。
「五朗からの話で概要はつかめたよ。お前、成り済ましグループを作ってやってるんだろう?」
《五朗のやつ、口の軽いやつだ……》
四倉は、五朗から聞いた話を、洗いざらい口にし始めた。
五朗は、少年院から受験をして高校へ進学したが、すぐむきになって度を失う、とげとげしい性格に逆戻りしてしまうと、周囲と打ち解けることができずに、ほいさっさと退学してしまった。
そんなこんなで、バイト暮らしを続けていたときに、ひょっくり、通りかかった桐生と再会するやいなや、かっかすることがなければ、何の変哲もない素直な性格の五朗を知っている桐生は、拝見寄グループに誘ったのである。
五朗は、桐生と康二から、時には、きびしく説教を受けることもあったが、はじめて自分を信頼してくれる人間に出会った気がして、日を追うにつれて、バカな真似はしなくなり、今は、練馬大留(だいと)という男の成り済ましをしていると四倉に嬉しそうに言った。
もちろん、四倉から、桐生とはツーカーだからとカマをかけて、けろりと聞き出したのだ。
練馬大留という男は、横州市で、代々、食品加工会社を経営する練馬家の次男である。
大留の家族は、父親の昭次郎、母親の栗美、父親の会社に勤める兄の淡人(あわひと)、まだ学生の妹の日奈子だが、大留本人は、一家の問題児で、むやみに悪事を繰り返しては、折にふれ、警察の厄介になっている。
そのたびに、昭次郎と淡人から、険しい口調で叱責され、家族からそっぽを向かれると、すぐに、ぷいっと家を飛び出しては、知り合いのところを転々としていた。
決まって、大留が、父親の前に顔を見せるのは、家の財産を目当てにして作った借金の尻拭いをねだるときだった。
そういった際に、大留が来ていると淡人の耳に入ると、父親に首を縦に振らせなかっただけでなく、怒りに狂って、大留を力まかせに、こっぴどくねじ伏せて、家から追い払っていた。
そんな折り、練馬家に、困惑するような出来事が起きた。
兄の淡人が、ふいに行方不明になったのである。
最後に会ったのは妹の日奈子で、買い物に行くと、ふらりと出かけたあと、それっきり、どこを探しても見つからないのだ。
「あんな兄貴でも、いないんじゃつまらない」
大留は、ふしだらな生活を注意する者がいなくなったにもかかわらず、淡人の行方不明を境に、不思議なことではあるが、とたんに実家へ寄りつかなくなったのである。
そこへもってきて、今度は、心臓病で入退院を繰り返していた、父親の昭次郎が、ぽっくり亡くなってしまうと、どこで聞きつけたか知らないが、大留が、やにわに実家に舞い戻ってきて言った。
「父親の生前、一家に迷惑をかけたことを反省し、これからは心を入れ替えて頑張る」
あにはからんや、その大留こそが、成り済まし人だったのだ。
もちろん、大留を送り込んだのは、桐生が率いる拝見寄グループだ。
桐生は、練馬家の長男、次男の行方不明を知ると、練馬家の財産が十分あることを調べた。
おまけに、母親の栗美も難病で入院中であることを知ると、短期間に財産を手に入れてずらかろうと計画し、ターゲットは長男よりも、家に居つかない上、知る者も少ない大留と定めて、任尽五朗という男を成り済まし人として投入したのである。
すると、淡人が行方不明になってから、ちょうど三年目となるある日のことだ。
一人の背の高いがっしりした体格の男が、練馬家の門を潜って玄関の呼び鈴を鳴らした。
誰かと思って、応対に出た家政婦の岡井は、その男の名前を聞いて、腰を抜かすほど驚いた。
「練馬淡人です。心配かけました」
なんと、そこには、淡人が立っていたのである。
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