第33話 ヘンリーとオリバー

 有田は、トムのするどい眼力に目を伏せ、いっぺんに緊張した。


「シープアイについて、つべこべ言わずに、知っていることを話してもらおうか!」


 トムは、容疑者を前にして、ふだんとはがらりと一変、険しい口調で投げかけた。


「ええ……私がアメリカに留学したとき、大学の友人、ヘンリーとオリバーが、学費を稼ぐために、何でもかんでも、本人に代わって代行するバイトをやろうって作った、妙ちきりんなサークルがシープアイです。私も、できた当時から手伝って仲間になったんです」


「あんたもスタートのメンバーだったのか?」


「いや、軽い気持ちで、アルバイトとして始めたんですよ。やることとしちゃ、まぎれもなく、依頼者に成り済まして、代わりに講義に出たり、フットボールの試合に代わりに出たりして金をとってましたよ。転機になったのは、行方不明者の成り済ましの話が舞い込んで、そいつが、けっこうな金になったもんだから、それで味を占めたんですよ。それで、あべこべに、こっちから行方不明者を捜して成り済まして、金を稼ぐようになったんです」


「行方不明者ってのは、日本の年間八万人に対して、アメリカじゃ年間六十万人にものぼっているからな」


「そんなこんなで、いよいよ留学が終わって日本に帰るときになって、だしぬけに、ヘンリーから、日本でもシープアイの支部を作れよって言われたんですよ。まあ、ノウハウは身についたんで、地元の九州で羊会を立ち上げたってわけです」


「日本でも上手くいったわけだな?」


「そりゃ、失敗もありましたが、成り済ましができそうな、身寄りのない認知症の老人もそこそこいて、思いのほか、件数はありましたよ。そうこうしているうちに、本元のシープアイの方で、どうした風の吹きまわしか、オリバーが大物狙いを始めたことで内輪もめがおき、シープアイが二派に分かれて、混乱するようになりました」


「それじゃ、中南米の大物政治家の成り済ましを行ったのはオリバーなんだな」


「そうです。たわけたことに、合院がやろうとしているのはオリバーの真似ごとです。やつは、おくびにも出さないようにしながら、実はオリバーとつながっています。オリバーは日本の大物政治家や経済界の大物を標的にしろとさかんに合院をけしかけています」


「なんてやつなんだ!」


「なにしろ、オリバーのやり方は、実際にみんなの前で活動している人間の成り済ましを用意するんですから、ターゲットにされた人間は、殺人か誘拐によって消えてもらわないといけません。こうなると一から十まで犯罪ですから、ヘンリーはほとほと手を焼いてしまっていますよ」


「どこの組織も過激派は生まれるもんだからな」


「オリバーは、シープアイと手を切って、あたかも別のグループを作るならまだしも、シープアイの活動を世の中にばらすとヘンリーを脅し、内部にいながら、資金や情報を利用していて、いずれはのっとるつもりでいるのです」


「ところで、有田!シープアイの本部はどこ?」


「本部は、警察にマークされそうになるとすぐに移動します。今はイリノイ州シカゴのクック郡です。オリバーはロサンゼルスあたりにひそかに拠点をもっているらしいですが、詳しい場所は不明です」


「お前もそうだろうが、シープアイは仕舞冠太を捜しているはずだが見つけたのか?」


 このことは、トムがいちばん聞きたがっている点である。


「ヘンリーもオリバーも冠太を捜して、技術を手に入れようと躍起になっています。冠太は、日本では、おおっぴらに事件を起こし、警察から逃げて潜伏していることもあって、どうにもこうにも、まだ見つけてはいません」


 実際のところ、有田は、拝見寄クラブが冠太と関係しているとにらんでいるが、この場で、それをぶちまけたら、他の成り済まし団体へ話が飛び火することになって、とりわけ、厄介だと考えてとぼけていた。


 そこへ、ひょっくり、鼻田も到着して部屋に入ってきた。


「おお!トムも来ていたのか!ほう、この二人が羊会か?」


 トムはオリバーと冠太が結びつくことを、もってのほか、心配して尋ねた。


「合院の動きはどうだ?冠太を見つけている可能性はあるのか?」


「いえ、それはないと思います。合院は、自分が日本の羊会のトップになる方に注意を払っていますからね」


「その方がまだありがたい。万が一、結びつくと厄介だからな」


「刑事さん!こうして自首したのは、正直なところ、自分たちの命が惜しいからだけど、それはそうと、いとも簡単に、我々を車ごと湖に沈めて殺そうなんて、合院はもう狂ってますよ。ああ、そればかりか、練馬大留を殺そうとしたのも合院です」


「してみれば、合院という男は、きわめて大胆で、かつ冷酷な人間ですね。おまけに、手下が実行部隊として動いている以上、自分では手を汚さないから、合院を捕まえるには、殺人を教唆したことを裏付ける必要がありますね。ただ、あなた方の証言がある限り、羊会の幹部としての詐欺行為で、ずばり逮捕にはもっていけますけどね」


 俊介は、眉をひそめて、合院を野放しにはできないと感じた。


「即刻、合院を捕まえて下さい!羊会の本部は、白岩埠頭に古くからある倉庫に置いてますが、合院は、今日中に、手に入れた八草之宮ホテルの方へ、新しく本部を移そうとしています」


「そうか!そりゃ、捕まえる絶好の機会だぞ!見張りを立てて、合院が入ったら踏み込もう!」


 鼻田がそう言って時計を見ると、時刻は午前三時を過ぎていた。


「もうこんな時刻か!あさイチで、準備だ!」


 鼻田は、二人を休ませるとトムと俊介に胸算用を口にした。


「合院は、有田と三原が、まさか生きて警察署に駆け込んだとは夢にも知るよしはないから、からきし油断しているに違いない。ふん捕まえれば、一気に羊会の解明を図れるな」


 とは言うもの、トムにしてみれば、仕舞冠太の情報が出てこなかったことへの落胆が口の先からこぼれた。


「羊会が、冠太に結びつく情報をもっていると期待したが、あてがはずれて、がっかりだ」


「どうでしょう?僕の見方では、羊会は何らかの情報をもっていると思いますよ。冠太を血眼になって捜しているわけでしょう。何もないはずはない。捜査の過程で必ずいい情報があらわになりますよ」


 俊介が自信をもって歯切りよく言うと、トムはにっこりした。


 話はさかのぼるが、夜半に八草之宮ホテルにもどった飯成は、合院に有田と三原を始末したことを報告した。


「なにせ、水面に落ちた時はでかい音がしましたが、辺りにゃ誰もいませんでしたから、音を聞いた者はいないでしょう。藻が多い湖ですから、からまって上がってきませんよ」


 この飯成通利と合院の出会いは、刑務所暮らしがルーツだ。


 若くて生意気だった飯成は、所内で格好の標的にされ、刑務官の見ていないところで、さんざんな目に遭っていたが、後から入所してきた腕っぷしの強い合院に助けられたおかげで、足の先から頭のてっぺんまで服従するようになると、頭が弱く、おのれというものがないのをいいことに、合院が上手く手なずけて手下にした男である。


「ご苦労だったな。あの二人には、俺が口を酸っぱくして言ったのに、少しも耳を貸そうとしなかったからだ。バカなやつらだ。これで羊会は手に入ったも同然だ。それじゃ、羊会の本部をこのホテルに引っ越しだ!」


 翌日の昼間、合院は、有田が言っていたように、ふいに羊会の本部に現れた。


「合院が現れました!」


 朝から、埠頭の倉庫の見張りを命じられていた遠山は、合院が車から出て来たのを見かけると、ぎょっとして鼻田に連絡した。


「わかった!すぐ出動する!」


「急ではあるが、羊会の本部を横州温泉郷の八草之宮ホテルに移すことになった。ぐずぐずしないで支度をしてもらいたい」


 副代表の番広金治は、まんじりともせず、勘ぐるような顔つきで横合いから口を出した。


「有田代表からは、これまでも本部を引っ越すなんてことは、これぽっちも聞いてませんけどね……いったい、どう言った理由で決まったんですか?」


「そんなことは、いちいち、俺の知ったことか!急に決まったんだから、どうこう言ったって、しょうがないだろう!いずれにせよ、俺が任されたんだ!」


 合院が有無を言わさぬ口調で言明すると、番広も食い下がった。


「そもそも、どうして有田代表と三原さんは来ないんですか?何か抜き差しならない理由があるんですか?有田代表も、目立った動きは警察に見つかるから要注意だって言ってましたよ。ついでに言っておきますけどね、練馬家の件だって、失敗した原因はよく調べもしないで、加木隆司を投入した合院さんの責任じゃないんですか?」


「なにぃ!もう一遍、言ってみろ!俺が警察にすべてばらして羊会なんかぶっ潰してもいいんだぞ!ここにいる全員が逮捕だ!それでもいいのか!」


「そんなことをできるもんか!あんただって捕まるんですよ!」


「かまうもんか!俺は臭い飯なんか、何度も食ってるからな!平気の平左だ!」


 スタッフには、沈黙が流れたが、ふいに、事務リーダーの八女順子がまくし立てた。


「私は捕まるなんてまっぴらよ!合院さんの言う通りにするわ!」


「僕も警察はごめんです!おとなしく引っ越しましょうよ!」 


 調査リーダーの識本勉も賛成に回ると、それが決め手となって、さすがに番広も、何のかの言うのをあきらめ、しぶしぶ、引っ越しの準備を始めるしかなかった。


「動くな!警察だ!」


 とつぜん、俊介たちが踏み込んだ。


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