第十五話

 警察の事情聴取が終わって解放されたのは午後七時。ぐだぐだと進まない調書作成の中、夜勤の警官の一人が以前、警視庁が依頼した夜刀の除霊を見ていたから早々に開放された。夜刀の拝み屋としての異名である〝人形師〟の顔が知られていなかったら、なんだかんだと足止めされていたかもしれない。

 車内にあった財布からサザキの本名である佐々木名義の免許証が発見され、ミイラもその身体的な特徴からサザキのものではないかと推測されていた。歯の診療履歴を取り寄せて照合が行われるらしい。

「署内では言えなかったが、サザキの遺体は土岐川の遺体の状態とそっくりだった。……水分を全部搾り取られたってことだな」

 霊力をかなり使って疲弊する夜刀に替わり、今は零音が運転している。夜刀が助手席で、私が後部座席。零音の運転も優しくて上手いから安心できる。

「ということはさ、ライブ配信に出演した男は、その辺でミイラ化してるってことかな?」

 零音は明るく言うけれど、あんな遺体があちこちに転がってると想像すると寒気がしてくる。警官がドアを開けて遺体が地面に倒れ落ちた時、首がもげて転がった光景はきっと一生忘れられない。

「その可能性が高いが……一年だから三百人以上の男が死んでるはずだろ? 新聞とネットはチェックしてるが、ニュースにもなってないよな」

「そうだね。僕はテレビとネットだけど見た覚えないなー。土岐川さんもサザキさんも、ラギさんも共通してるのは独身ってことだろ? 独身男がミイラになって発見されても、ニュースにはならないんじゃないかな。女性だったらニュースになりそうだけど」

「あー、それはそうだな。独身男じゃインパクトが足りないな」

「何それ? ミイラはミイラでしょ? 男女関係なくない?」

 男二人は合点がいった様子で、その理由がさっぱりわからないのは私だけ。少々の疎外感を感じて寂しい。

「えーっと、今回の場合、女性の方が物語性があるからじゃないかな。最近のニュースっていうのは、事実よりも物語性が強い。とにかくアクセス数上げれば勝ちみたいになってるから、男のミイラより女性がミイラになる方が悲劇的だし、目を引くよね」

 説明されると、なんとなく理解はできた。そんな風に報道を見たことがなかったから新鮮。

「零音の車拾って飯食ってから、俺の家でライブ配信やるかどうか確認するか。予定はどうだ?」

「予定は空けてきたから大丈夫だよ。動画は一ヶ月分ストックあるから、しばらく休める」

 前席で息の合った二人を眺めつつ、やはり夜刀は女より男に興味があるのかと、私は後部座席で複雑な心境を持て余していた。


 夜刀の家に帰ったのは、午後十時。穢れ落としに日本酒と塩の入ったお風呂に交代で入って、三人が揃ったのが午後十一時四十分。夜刀は紺色の作務衣、私は水色のワンピース。白いTシャツに深緑のカーゴパンツという夜刀の服を着た零音はグリーングレイのカラコンを外し、メタルフレームのお洒落な眼鏡を掛けている。

 居間に置かれた夜刀のパソコンのディスプレイは大き目の三十二インチ。横七十センチ、縦四十センチで、テレビだと思っていた。椅子を持ち寄り、三人でのぞき込む。夜刀が午後十一時五十九分にライブ配信のサイトアドレスを入力すると、真っ暗な画面の上部に視聴者の数らしき数字が表示されていた。

「八十二人待機か……まさかとは思うが、他で撮影場所確保してないだろうな」

「それなら、ラギさんに場所変更の連絡行ったんじゃないかな」

 午前零時になっても画面は暗いまま。このまま、何も起こらないのかと思った時、画面中央に文字が現れた。


『出演者欠席の為、本日のライブ配信は中止致します』


 告知表示の直後から視聴者の数字が減っていく。一分後には二十名を切った。

「動画配信者としては、他人事でも数字の減りを見るのはツラいなー」

 零音が画面から視線を逸らして天井を見上げつつ苦笑する。その間にも一人、二人と減っていき、六名でぴたりと止まった。

「見届け人はうちを引いて五名か」

「そうみたいだね。意地でも見たいってことかな」

 笑いあう二人は昔からの親友のような空気を作っていて、浮かんだ疑問を聞くのをためらう。

「愛流、どうした? 何か言いたいことがあるなら言えよ?」

「……見届け人って何? ネット用語か何か?」

「いや。特に意味はないっていうか、残ったヤツらは配信があるかどうか最後まで見届けるつもりだろうなってだけだな。全然数字が動かないだろ?」

 ネット用語でも何でもないのに意味が通じる二人が怖い。じっと暗い画面を見ているとずっと感じていた緊張が緩んでくる。

「……暇だな。酒でも飲むか?」

「いいね。コンビニで買って来ようか?」

 椅子から立ち上がりかけた零音と私を制し、夜刀は酒とツマミはあると言って台所へと向かった。零音と取り残された私はどうしたらいいのか全く不明で、二人して目が泳ぐ。

「えーっと……やっぱり何か買って来ようかな……」

 立ち上がりかけた零音のシャツを咄嗟に掴んで止める。部屋をLED電灯が煌々と照らしていても、真っ暗な画面の前で一人残されるのは勘弁してほしい。悪霊が這い出てきたらと想像するだけで怖すぎる。

「見届けるんですよね?」

「……はい」

 抵抗することなく椅子に座り直す零音の笑いが微妙にひきつっているように見えるのは気のせいか。

「……夜刀と気が合うみたいですね」

「えーっと、そうだね。何て言ったらいいかな……夜刀は普通に接してくれるから、気が楽なんだ。僕も普通に接することができる」

「普通?」

「そう。演じる必要がない普通。……動画配信とかやってるとさ、動画用に作ってる僕っていうのがあって、『明朗快活な零音』っていうキャラクターが出来上がってるんだ。動画を見てくれてる人も周囲のスタッフも、そのキャラでの反応を期待する。僕はその期待を壊したくないから、動画の外でもキャラを演じてるけど、やっぱり疲れてくるんだよね」

 女子高生に対する明るく人の良さそうな笑顔を見た時に、疲れるのではないかと思ったのは正解だったらしい。

「夜刀も貴女も普通に接してくれるから、こんな状況だけど久々に楽しいんだ」

 零音が本当に楽しそうに笑うので、それは夜刀も私も零音の動画を見たことがないから。という正直な指摘は口にできない雰囲気。

 台所から戻ってきた夜刀は、一升瓶を持ち、丸いお盆に木の枡と袋入りのおつまみを山ほど乗せていた。

「秘蔵の酒だ。美味いぞ」

 うきうきと声が弾んでいるのは、お酒を飲みたかったからなのか。そういえば私と暮らすようになってから、お酒を飲む姿を見たことがなかった。

「いただきまーす」

 ヒノキの枡に注がれた日本酒は、とても良い芳香がふわりと漂う。美味しそうに飲む二人につられて一口飲んだ所で壮絶後悔。

「お、おい。愛流、大丈夫か?」

「……か、辛いっ!!!!」

 ふわりと柔らかく芳醇な香りからイメージする甘い味と、実際に口にした時の味の差が大きすぎた。慌てた零音から手渡されたサラダ味のせんべいを食べて紛らわせつつ、台所に走っていった夜刀からペットボトルの水を受け取って飲む。

「あ、ありがと……」

 ほっと安堵の息を吐き、顔を上げると黒い画面が青くなった。

「ちょ……画面! 画面!」

 私の声で二人が画面へと視線を移すと、白字で『404 not found』と表示された。404は存在しないページを示すエラーコード。

「404エラーか。……このサイトは捨てたか?」

「スマホでも試してみようか」

 零音は素早い動作で長いサイトアドレスを打ち込み、同じ画面が表示されることを確認した。

「消えたなら確認しようがないな。じゃ、心おきなく飲むか」

「付き合うよ」

 遠慮なく飲み始めた二人を置いて、私は早々に寝室へと退散することにした。


 翌朝、私が起きたのは午前十一時。もう二人とも起きているかと慌てて身支度をして居間へと向かうと夜刀も零音もソファで眠っていた。ローテーブルには空になった一升瓶、中途半端に中身が残った四合瓶が数本。利き酒でもしたのか、枡だけでなく、湯呑茶碗やプラコップが並んでいた。スルメやナッツ、せんべい等の袋の中身はほとんど減っておらず、二人がお酒ばかり飲んでいたことを示している。

 起こさないようにとテーブルの上を片付け、パソコンの電源を入れてネットでニュースを検索する。くまなく探したつもりでも、昨日のサザキの遺体発見はローカルニュースにもなっていなかった。

「あ、こっちはあるのね……」

 一方で撮影場所だった家の火事については、扱いは小さいながらも複数のニュースになっていた。六十九歳の米見三造よねみさんぞう氏が独りで住む木造の二階建て住宅と倉庫が全焼。火災の原因は調査中と簡潔に書かれているだけで、住人と思われる男性は犬小屋で白骨化。三頭のドーベルマンが元気に生きていたのは何故か、と謎が強調されている。成程、こちらの方が物語性があって、ついつい読みたくなる。

「ドーベルマンの餌は何だったんだろうな」

「ひぃゃああああああああああ!」

 突然背後で呟かれた夜刀の声にびっくりした私は、可愛いとは程遠い叫び声を上げてしまった。


 大量に日本酒を飲んだはずの二人は二日酔いになることもなく、普通に過ごしている。アルコールが完全に抜けるまでと零音が滞在する中、雅が一人で訪れた。和人と一緒でなくてもダークスーツをきっちりと着こなす姿は、やはりSPや護衛に見える。今日は片手に書類ケースを持っているから弁護士と言われれば一応納得できそう。

「当主は?」

「昨日の神事の影響で眠っている。二、三日は動けないだろう」

 八條家当主が寝込む程の大仕事だったのかと、内心驚く。そういえば神様関係の案件と言っていた。

「二、三日ってことは、神降ろしですか。久々ですね」

「そうだな。久々にお会いした」

 夜刀と雅のやりとりが、途中から意味がさっぱりわからない。零音と顔を見合わせると、同意するように頷かれてしまった。

「あー、わかりやすく説明するとだな。当主……和人特有の神降ろしっていうのは、八條の神社で祀ってる女神の一柱を自分の体に憑依させるんだ。その間、本人の意識は薄くなって女神が前面に出てくる。かなり豪快で好戦的な神で、除霊や調伏ではなく殲滅戦……しかも肉弾戦がお好みだから、好き勝手に動かれて体にダメージが残る」

 肉弾戦がお好きな女神。見てみたいような見たくないような不思議な気分。とにもかくにも、同行しなくてよかった。

 居間のソファに四人で座り、雅が示した書類を覗き込む。

「君が幻視したと思われる夫婦の名前が判明した。夫が登藤聡一とうどうそういち、妻が登藤きよね。聡一は二十二歳で戦死。きよねは終戦後まもなく再婚して性が変わり、成山きよねになっている。……ただ、戸籍では死亡時の年齢が六十歳と記録されていた」

 死亡は千九百八十五年。昭和六十年で死因は肺炎と書かれている。

「……私が見た白いワンピースの女性は私と同年代か少し年下くらいで……。それに、水の中で見た手もそのくらいでした」

 暗い水底で揺れていた白い女性たちの遺体も若かったように思う。

「俺の経験で言えば、女性の霊は死んだ時の姿か、自分が一番幸せだった時の姿が多い。それに、記憶ではなく都合よく編集された画像っていうこともあるからな。……零音、どうした?」

 夜刀の声で零音を見ると考え込んだ様子で、反応が数舜遅れた。

「あ、ごめんごめん。この成山剛次郎っていう名前を最近聞いたなって」

 きよねの再婚相手の名前を指さし、零音はスマホで検索を始めた。いろいろとばたばたしていて、すっかり忘れていたけれど、やはり零音はカーキ色の国民服を着た聡一に何となく似ている。

「これだ、これ。廃墟再生を専門にしてる動画配信者グループが今、手掛けてるのが成山邸。場所は公開してないけどかなりの山奥だね」

 零音がスマホで動画を示し、夜刀がタイトルをパソコンで検索して表示する。動画が始まると、崩れかけた立派な和風建築の門の前で七名のカラフルな作業服を着た男性たちが戦隊もの風のポーズを決めた。朽ちかけた巨大な表札には、成山剛次郎と彫られていて、男性たちがアニメや漫画に出てきそうな名前だと言って弄り倒す。そのせいなのか、名前が耳に残った。

「彼らは廃墟を買って、自力で再生する過程を動画にしてるんだ」

 続く動画は広い和風建築の式台しきだい玄関。木で出来た箇所や石は黒ずんで苔が生えていたり、謎のキノコも見える。五分程度の動画はキノコを見つけてはしゃぐ場面で終わり、次回予告へと切り替わった。ちらりと映ったのは建物の影にひっそりと存在する古井戸。その光景を目にした途端、夜刀ががくりと項垂れた。

「マジかよ……。こいつら、よくこんな所にいられるな……」

「何が見えたの?」

「井戸におそらく死体がある。……黒い影しか見えないが、複数いるな」

 夜刀が数の確認の為に動画を巻き戻そうとするのを止め、息を整える。続きの動画はまだアップされていないらしくて、ほっと安堵の息を吐く。

「っていうことは、成山っていう人は、きよねさんは殺してないけど他の複数の人を殺してたってこと? その遺体を見つけて欲しいから……って変よね。非業の死を遂げた女性の呪いが〝闇香の呪い〟でしょ? 六十歳まで生きて……再婚相手が酷かったとか?」

 いろいろと考えてみても、きよねが私と零音を呪った理由がさっぱりわからない。さらにはあんなライブ配信で集めた男性たちを殺す理由も。

 聡一が二十二歳、きよねが二十歳で結婚し、聡一が戦死。翌年、四十六歳の成山と再婚。その歳の差は二十五。

「きよねさんって、聡一さんを心から愛してたと思うの。それなのに一年後に再婚したのって、何か理由があったのかしら?」

 私に見せられた過去の記憶から、二人は愛し合っていると感じていた。必ず帰ると約束した聡一をきよねは待っていただろう。再婚先の住所は、二人の本籍地の隣県で距離がある。

「再婚理由は調査不足だ。申し訳ない。まずは当時の状況を知っている者に聞くしかないだろう。こちらにリストアップした三名が、成山剛次郎が八十六歳で死亡した昭和六十一年まで働いていた者だ。他に勤めていた者は高齢で死亡している」

 次に雅が示したリストの中、今朝見たばかりの名前と住所があった。

「雅さん、この米見三造っていう人、お亡くなりになっています」

「ああ、ドーベルマンの餌になっ……」

 さらりと酷いことを言う夜刀の口を手で塞いで止める。まだ死因は判明していないのだから、滅多なことを言わないで欲しい。飼い主が亡くなってからの一年間、ドーベルマンたちは何を食べていたのか想像するとぞっとする。広い庭や森の中に骨を埋められたら見つけられるだろうか。

「もしかして、昨日のあの家の人? ……住所が一致してるね」

「まさかとは思うが次の撮影場所は、この二人のどちらかの家になるんじゃないか?」

 夜刀のつぶやきは怖すぎて、私と零音はリストを見たまま言葉が出せなかった。

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