8月20日
8月も残り10日。私たちは家出計画と次の呪いの対処をあらためて話し合うことにした。今日はいつもの駅ビルの喫茶店ではなく、一駅離れた場所にあるファミレスに入った。互いの生活圏外に来たのは私の家族とストーカー屋見岡対策だ。
「8月31日ギリギリに家出を決行しようと思う。新学期ギリギリなら弟の新学期の準備を優先してすぐには追って来れない」
幹人は母無しでは何も出来ないから、幹人を置いて母はお婆ちゃんの家には来ないし、父は母の添え物だから1人で動いたりしない。私が住んでいたときですら2人が来たのは連れ戻しに来たときの一回だ。幹人に至ってはどこにお婆ちゃんが住んでいるかも知らない。
「だから、それまでこっそり荷造りはしておくけど、時間はあるから呪いの解き方を考えよ。次の神社も考えてあるから」
「ハルは頼りになるなぁ」
いや、あんたはもっとしっかりしろ。文句言いたいけどナツはもともとこういう子だ。だいぶバイトの後遺症とも言えるハイテンションがなくなって、私は少し安心している。
「8月31日ね、空けておくね。久々にお婆ちゃんと会うの楽しみ」
「ナツも来るの?」
「だって100万円預かってるの私だよ?」
それもそうか、と納得しかけて違和感に気付く。バイトはそれぞれ同額の50万円プラス交通費だったはずだ。
「50万だよ」
ナツが私とナツ自身を指さして言った。
「2人で100万」
「ナツの分は・・・・・・」
「私の分もお婆ちゃんに渡してよ。最初からハルのために始めたバイトだったんだから」
さすがに大金過ぎて受け取れない。なおも遠慮しようとしたけどナツが止めた。
「魂の片割れなんだから、ハルの幸せのために最大限尽くすのは当然だよ」
そういう超理論で来られたら反論の仕方が判らない。というか魂の片割れって本気で言ってるのか。あきれているのか、照れくさいのか、何か胸のあたりがむずむずする。
ふと向かい合って座っているテーブルに影が落ちた。ナツが注文したメロンソーダが来たんだろうと、顔を上げ、息をのんだ。
すぐそこに屋見岡が立っていた。
ふうふうと荒い息を吐き、吹き出した汗でTシャツが濡れ、体にぴったり張り付いている。
「その黒い影を、払ってあげるよ。その次は僕を救って、ね?」
屋見岡が何かをテーブルの上に投げる。私は思わず身をかわした。テーブルの上に軽い音がして乗ったのは、わら人形だった。
「あっ!」
店員が気付いて叫んだ。屋見岡が腕を振りかぶっている。手には長い釘が握られていて、その先はナツに向かっていた。
ナツは目を丸くしてそれを見ていた。振り落とされた拳は、ナツに当たったように見えた。私が見たとき、ナツはほんの5センチほど移動していた。ナツ自身も気付いていないかもしれない。そのままスライドするように、場所が変わっていた。
空振った屋見岡の手に釘はなかった。落としたのかと思った。
「うごごごごごご!」
屋見岡が吠えだす。その顔が、口を開いた状態で奇妙に固まっていた。顎に何か付いていると気づき、それが五寸釘の頭だと理解するのに時間がかかった。釘は顎から舌の表面に突き出ていた。血がポタポタと落ちる。それまで静観していた隣のテーブルの大学生カップルが屋見岡の顔を見、高い悲鳴を上げた。
屋見岡はよたよたと出口に向かい、途中誰も居ないテーブルに引っかかって転び、唸る。
「ナツ、これって・・・・・・」
わら人形を指す。ナツはうっすら笑っていた。
「呪いを呪いで倒そうとしたんじゃないのかな」
「何笑ってんの?」
「え? だって心配事が一つ減ったじゃん。もうハルは私の心配しなくて良くなったんだよ。家出に専念できるね」
そうかもしれないけど、もしかしたら、ナツの呪いが人を傷付けたかもしれない。それは懸念事項ではないのだろうか。
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