エピローグ 8月31日
深い水の中から浮き上がるように私は覚醒した。少しずつ体の感覚を取り戻していく。意識が明瞭になるほど、自分の変化が明確になっていった。
橋から落ち川に流されている間、私は意識を失っていた。でも覚えている。皮膚が、髪が、私のすべてがそれを覚えていてくれていて、私はすべてを知っていた。視えていた。だからここが病院で、私が今怪我一つないことも判っていた。
「咲子さん?」
優しい声がする。これは知らない人。でも優しい人。まぶたを開く前に私には視えている。そうか、と思う。これがナツが視ていた世界。
ナツの魂は濁流に逆らって私の体に飛び込んできた。今、ナツの魂は私の隣にある。そのため私の体は変化したようだ。
「ナツは死んだね」
目を開けて看護師さんに言うと、彼女ははっと息をのんだ。
大丈夫、判っていると私は彼女に微笑んだ。
ナツは死んだ。死んで、取り憑いた呪いごと肉体を手放した。魂は消えずに、私の元に来た。
魂の片割れは、私のいびつな魂の欠けた部分にちょうどぴったりとおさまっている。
私は立ち上がって体に付いている管をすべて引き抜いた。看護師さんが止めようとするのを視線で制止する。歩いて窓辺に立ち、窓を開く。キラキラ輝く世界に、いびつな魂を持った生き物がいる。たくさんいる。私以外寂しさと喪失感を持って生きている。
ああ、なんて良い気分。これが魂が完全であると言うことなんだ。
「ナツ」
私はナツに呼びかける。
「ナツ」
涙が止めどもなくあふれてきた。
「ナツ」
私たちはもう離れることはなくなった。もう恐れるものはない。誰も私たちにはかなわない。
――ハル――
魂の奥から呼びかけてくる声に私は何度も返事をした。何度も何度も。
私とナツと30の怪談 久世 空気 @kuze-kuuki
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