8月3日
実家に帰ってはじめて外出をした。中学生の間ほとんどこちらには帰ってこなかったから、小学6年生の頃の記憶を元にぶらぶらと街を歩く。とはいえ、手持ちのお小遣いも大してないから買い物も出来ない。
駅の近くの本屋で立ち読みをしていたら肩を叩かれた。
「や」
軽く手を上げる夏都がいた。春まで住んでいた祖母の家からは電車で30分ほどの距離だ。
「え? この辺に来ることある?」
「あるよ。従兄が住んでるんだ」
夏都は私を見つけたのが嬉しいのかニコニコしてお茶をしようと誘ってきた。まあ、それくらいならと駅ビルにある小さな喫茶店に入ることにした。
夏都は私の腕に細い腕を絡ませてきた。私より10センチほど背が高いからうっと惜しいと思ったけど、なんとなく足取りがおぼつかない。まさか熱中症かと思ったけど、そうではなかった。椅子に座って改めて顔を見たら隈がはっきり出ていた。
「寝不足なんだよね。夜中ずっと人の話声がして、足音がすごい」
「家に誰か来てるの?」
「たぶん幽霊」
ああ、その話まだ続いてるんだとちょっとあきれた。まあ、変人の夏都はこだわりも強めだから呪われている設定が気に入ったんだろう。
「盛り塩でもしたら?」
適当に言うと「なるほど、盲点だったわ」とつぶやいていた。
夏都の注文したジンジャーエールと私のカフェオレが来て、話が途切れる。
「咲子が引っ越ししたの、皆寂しいって言ってるよ」
夏都から「皆」という言葉が出て、私はふいに一学期の教室の様子を思い出した。人間関係を築くのが下手だから、それほど深い関係になった友達はいないけど、クラスメイトは皆優しかった。「寂しい」というのは一時かもしれないけど、たぶん本心だろう。すこし目頭が熱くなった。
「引っ越しというか、元の家に戻ったんだよね。両親と弟のいる家に」
「ああ、可愛くない弟ね」
家族の話をしたときに、少し話したことはあった。本当に少しだからどんなやつが弟か、までは話していない。
「うん、中学の途中で弟が私と住みたくないって言うから、私だけお婆ちゃんの家に住むことになったんだ」
「それだけで?」
夏都が驚いたことで、私はやっぱりうちの家っておかしいんだなと再確認した。母は弟の言うことなら何でも聞くし、父は母の理不尽を聞き流す。全部しわ寄せが私に来るんだ。
「今年になってなんでか帰って来いっていわれて、勝手に転校手続きされたんだよね。ちゃんと社会的地位のある保護者って強いよ」
私の感情なんてお構いなしだ。お婆ちゃんは最後まで「何もしてやれなくて、ごめんね」と繰り返していた。お婆ちゃんは悪くないのに。
テーブルに置いていた私の手を、突然夏都は両手で握りしめた。
「な、なに?」
「力になるよ。咲子が助けが欲しくなったら、いつでも言って」
呆然とする私に、キラキラした目で夏都は言い出した。寝不足で隈作っているようなやつが何言ってるんだと思いつつ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嬉しかった。
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