8月6日

 お婆ちゃんの家で暮らしはじめてから自分の通帳と印鑑は自分で管理するようになった。お年玉や入学のお祝いなどを入れている。月々の小遣いは倹約してお菓子の缶に貯めている。その他保険証など大切なものを一つにまとめて100均のダイヤルキーを付けた鞄にまとめた。家出の際、最低これとスマホがあれば大丈夫だ。洋服などかさばる物はまだ実家に帰ってきたときのまま段ボールに入っている。このまま送り返せば良い。

 気になるのは保険だった。私に何か掛けられている保険があれば、その証書のようなものを持っておきたい。同級生たちは学資保険が掛けられている、何て話をしていた。他に私の名義で貯金している物があれば家出の時に持ち出したかった。

 今日は母も猿も仲良く買い物に出かけている。居間でドラマを見ている父に堂々と話しかけることが出来る。

「あのさー」

「え? ああ、何?」

 ドラマに浸っていた父は飛び跳ねるように振り返った。

「私名義の貯金って、これ以外にある?」

 私が通帳を見せながら言うと、父は「んー」っと首をかしげて

「ないな」

 あっけらかんと言った。

「じゃあさ、学資保険とか掛けてる?」

「幹人には掛けてるんじゃないか? 咲子はいらないだろ」

 その言葉に私は一瞬息が詰まった。

「え、私、いらない?」

「だって大学に行かないだろ?」

 父はキョトンとしていた。

「なんで、そう思うの?」

「だって大学の話なんてしたことないだろ?」

「幹人は大学行きたいって言ってたの?」

「母さんが絶対医学部に行かせるって張り切ってるんだよ」

 ガハハハと笑う父。私は話の通じなさにクラクラしていた。

 漠然と大学に進学するんだと思っていたし、成人式には振り袖を着ると思っていた。皆と同じだと思っていた。

「どうしたんだ、突然お金の話なんてして」

「別に、高校生だし」

 適当に答えたら、それに満足したのかまたガハハハと笑った。よく見たらテーブルに缶ビールが数本のっている。ちょっと酔っているようだ。

「今まで婆さんに迷惑掛けていたからな。働き始めたらちゃんと恩返しするんだよ」

 その言い方に私は引っかかった。

「迷惑? 迷惑だった?」

「そりゃそうだろ。中学生を育てるのって大変なんだぞ」

 まるで自分はやっていたかのように言うが、私はほぼお婆ちゃんに育てられたし、幹人には母がべったりだし、果たしてこの人は誰を育てた気でいるんだろう。

「爺さんの遺産にも手を出したらしいし、老後の資金足りるのかな」

 自分の親なのにまるで他人事のようだ。お婆ちゃんはパート収入しかなかった。それと父から私の生活費を出しているのかと思っていたけど、それを聞いたらまた父はキョトンとした。いい加減この顔に腹が立ってくる。

「自分の孫の生活費を婆さんが出すのは普通だろ」

「でも迷惑だったんでしょ?」

「だから咲子が戻ってきたんだよ。婆さんが『もう無理だ』って言ったから」

 たぶん、お婆ちゃんは「仕送りしてくれ」って言ったんだろう。私の生活費を送るくらいなら、家に連れ戻した方が安上がりと考えたのか、父母は私を実家に戻した。

 そういうことだったのか。だから突然転校させられたんだ。お婆ちゃんは私に気を遣って詳細は言わなかった。ただ「ごめんね」と繰り返していた。謝らないといけないのは私の方だったのに。

 部屋に戻ると、途端にスマホから着信音が鳴った。夏都からだ。

『どうしたの?』

 通話になるとすぐ夏都が言った。

「そっちから掛けてきたんでしょ」

『そうじゃなくて、今、昼寝してたら咲子が泣いてる夢見たから、何か大変なことがあったのかなって思って』

「泣いてない」

 だけど、すごいタイミングだ。

「ねえ、明日会えない?」

 ちょうど、味方が必要だと思っていたところだ。

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