8月22日
昨日は地獄だった。警察署から帰れば正座で説教、中座して私以外夕食を食べてまた説教。それが終わればここぞとばかりに幹人が笑いながら殴ってきた。別に痛くないし、私をからかって遊ぼうとしていたのだろう。私が切れたらもっと母が怒って私にきつく当たるのを期待してたのかもしれない。
いつもなら無視するのに、昨日は思わず力任せに殴り返していた。加減を忘れていたので弟は吹っ飛び動けなくなり、丸まって悲壮な泣き声を上げた。すぐさま母が飛んできて、やっぱり数発殴られ部屋に閉じ込められた。やり過ぎたのは認める。でも謝る気もない。
痛みと空腹でぼんやりしていたら4時が過ぎていた。窓を開けて見下ろすと、まだ暗い中ぼんやりと人影が見える。私に気付き、懐中電灯でナツは自分の顔を照らした。
慎重に窓から屋根や塀を伝って降りる。
「よかった、出てこないかと思った」
そう言うナツの顔を見て私はぎょっとした。
「どうしたの、それ」
私は左頬を母にやられた。指輪が付いていたから少し頬が切れている。それと全く同じようにナツの顔は腫れていたのだ。
「魂の片割れだからね」
そういう事もある、とさも当たり前にナツは笑った。
私が駅に向かおうとしたらナツが止めた。
「ハルがいないって判ったら、まずお婆ちゃんの家に連絡するんじゃない? もしかしたら直接行くかもしれないよ」
家族誰も私の交友関係なんか知らない。友達がいるとも考えてない。だから100%お婆ちゃんの家に行くと考える。確実に連れ戻しに来る。
「それは困るかも」
「何日かあけてから行ったら? お婆ちゃんの家に居ないって思わせてから」
なるほど。ナツが小賢しい。そういうことは大体私が思いつくのに、今日はあんまり頭が回らない。
「鳥雄の家ならもう一泊しても平気だよ」
ナツは従兄の家に案内してくれた。宿泊可能ならの実家だろうと思っていたら、まさかの一人暮らしのマンションだった。
鳥雄は私と私たちの顔を見て一瞬ぎょっとした顔をしたけど、ぺこっとひょろ長い体を折ってお辞儀した。
「もう一泊して良い?」
ダメと言われるだろうと予想していたのに、鳥雄はあっさりと首を縦に振った。ナツはずかずかと入っていく。
「すみません、お邪魔します」
私が挨拶すると、また無言で頭を下げた。
「明日、私の家まで車で送ってね」
ナツが言うのでまた首肯。
「良いの?」
すでに居間でくつろぐナツに小声で話しかける。
「うん、駅はもしかしたら探されるかもしれないし、まさか車に乗ってるとは思わないでしょ」
「それもそうだけど、鳥雄さんに迷惑じゃない?」
「鳥雄は大学留年中で暇だから大丈夫だよ」
「全然しゃべらないけど」
「人見知りしてるんだよ。平気平気」
鳥雄が麦茶を持ってきて、紙コップに注いでくれた。ナツにそっと何かを耳打ちする。うなずいて「そっか、ありがとう」とナツが言うと、鳥雄はすっと襖で区切られた隣の部屋に入っていった。
「な、なんて?」
「お婆ちゃん、まだ呪いの人形について何も話してくれないって」
あ、そうなんだ。別に私に聞こえても良いけど。結局その日は鳥雄はトイレ以外は一度も部屋から出てこなかった。
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