サヤも結構無茶するよなー
あれは中学二生の時。
話があると言われて指定された場所に行ってみると、何人もの女子を侍らせてが待ち構えていたのが彼女である。
確か地元の地方議員の娘で、学校では教師ですら彼女に頭が上がらないのだとか。
告白するにしてはやけに態度がデカくて、上から目線だったのを覚えている。
『アンタ最近モテてるらしいじゃん。なんならアタシが特別に付き合ってあげてもいいけどぉ』
これが告白する人の言葉だろうか。
どう考えても好きだから言っているのではない。
当時、陸上部で人気だった俺と付き合えば、自分の格も上がると考えたからだと容易に想像がつく。
高い服やアクセサリーを買って、周りに見せびらかしたりするのと一緒だ。
当然断ったが、すると卒業するまでずっと敵視されるようになってしまう。
特に実害はなかったが、会うたびに嫌味を言われたり、彼女の取り巻きから無視されたりと、何度も地味な嫌がらせを受けた。
だからこの女にはあまり良い印象を持っていなかった。
別々の高校に進学すると知った時は心底ホッとしたものだ。
「久し振りねえ。部活辞めたって聞いたけど、まさかそれだけでこんなにダサくなっちゃうとはねえ。まさに盛者必衰、ツワモノ共が夢の跡ってヤツ? イエーイ!」
相変わらず嫌味が酷い。
俺にフラれたことを未だに根に持っているようだ。
もう一年以上も前のことで、いい加減忘れてもいい頃なのに。
「まあそのおかげで私は国内でも有名な名門校に入学してこんな素敵な彼氏までゲットしたんだけどね。あの時、私の誘いを断ってくれてありがとねー」
そう自慢げに笑って、隣に立っている男の腕を抱き寄せる。
確かに端正な顔立ちで背も高く、自慢したくなる気持ちもわかる。
まるで俺に比べて自分の彼氏がいかに優れているか見せつけているようで、なんとなく居心地が悪い。
「ところでさっき試着室に入った地味女はアンタの彼女? アンタって美的センスが変わってるのね。まあ今のアンタならお似合いだろうけど」
「オイ、彼女のことを悪く言うのはやめろよ!」
さすがに今の台詞は聞き捨てならない。
俺の悪口を言うのは、ある程度我慢出来るが、関係のないサヤにまで矛先が向かうとなると話は別だ。
「そっか、ごめんなさい。言い過ぎたわ……なんちゃってブッブー! ただ本当のことを言っただけなのにそんなムキになっちゃってどうすんの? もっと冷静になりなさいよ」
冷静じゃないのはどっちだ、と言いたい。
もしその地味女が国民的アイドルだと知ったらどんな反応をするのだろう。
まあそんなことは口が裂けても言えないが。
「もし友達に『最低の男を紹介して』って頼まれたら真っ先にアンタを紹介してあげるわよ」
一通り言いたい放題言って満足したのか、踵を返して立ち去ろうとした。
と、その直後――
「じゃーん、どうどうみーくん? こういうの着てみたんだけど、似合ってるかな?」
突然、試着室のカーテンが開かれて、サヤが姿を現した。
その姿は彼女の言う地味な女ではなく、白い花柄のワンピースを身に纏った洗練された美少女だった。
「まったく……サヤも結構無茶するよなー」
屋上の広場のベンチにて、俺は抹茶味のソフトクリームを舐めながらボヤく。
「ゴメンねみーくん、あんなことして。でもどうしても黙っていられなかったから……」
「まあサヤの気持ちもわかるけどな」
「でも、やっぱり正体がバレることを考えたらやるべきじゃなかったよね」
あの後、教えてもらったが、あのタイミングでサヤが試着室から出てきたのはわざとだったらしい。
あまりにも俺がボロクソに言われているので、晴れやかな姿の自分を見せて無言の反論をしたかったのだとか。
サヤを見た途端、彼女はポカンと口を開けて、それまで湯水のように出てきた悪口がぷっつりと途絶えた。
地味だと思っていた女が超絶美少女になって現れたのだから、当然の反応と言える。
その後も意味のないことをベラベラと喋っていたが、やがて逃げるように去って行った。
一応、眼鏡をかけて変装をしていたので、バレてはいないと思う。
一瞬、彼氏のほうが「なあ、あれ紫苑紗花に似てね?」と呟いた時はヒヤッとしたが、バレるには至らなかった。
まあサヤの行動はかなりリスキーだったが、結果的に良い方向に転んだわけだ。
「むしろ感謝したいくらいだよ。あの驚いた顔を見たらなんかスッキリしたし」
「ふふっ、どういたしまして。でも、もう一度謝らせて。馬鹿なことしてゴメンね」
「謝らなくていいよ。サヤはなにも悪くないから」
「そっか……ありがとみーくん……」
幼稚園の事件以来、俺は余程のことがない限り、サヤが何をしようと大抵は許す事にしている。
多くの人から謂れのない中傷を受けて、卑屈になったサヤはどんな些細な事でもすぐに謝るようになり、それを直す為になるべく謝らないよう言い聞かせて、それが現在でも定着していた。
まあそれだけでなく、惚れた男の弱みという理由もあるかもしれないが。
「ねえ、みーくん覚えてる?」
「ほぇ? なにが?」
なんの前触れもなく話題が変わり、思わず某カードキャプターみたいな頓狂な声が出る。
「このソフトクリーム、子供の頃は良く一緒に食べてたよね」
「……ああ、そう言えばそうだな」
当時は近所に娯楽施設が無くて、良くサヤの家族と一緒に映画を観に行ったりゲームセンターで遊んだりしていた。
二人でここへ来た時は必ず、屋上で売っているソフトクリームを買うのが習慣だった。
ソフトクリームを食べていると、いつの間にかサヤが俺の腕にギュッとしがみついてきた。
――何だか上腕二頭筋の辺りに柔らかいものが……。
「こうしていると本当の恋人同士になったみたいだねっ」
「まあ周りの人からしたら、そう見えるだろうな」
周りには他にも同じようなカップルがチラホラ見られ、俺達もその内の一組と見られてもおかしくない。
「私達も、早く恋人同士になりたいな……」
「サヤ……」
サヤはより一層、強く俺の腕に抱き着いてきて、更には手を握りながら指まで絡めてきた。
俺はけれども拒む事は一切せず、サヤの望むままに任せる。
「誰にも私達の仲は引き裂けないの。離れていても心は一つだったし、これからは学校も一緒で住む場所も一緒、そして……死ぬ時も一緒……」
「オイオイ……怖いこと言うなよぅ」
「だって私、みーくんが死んじゃったら生きていけないもん」
「よせって縁起でもない」
とは言うものの、切実な眼差しで見つめられ、それが本気である事をひしひしと感じる。
前々からわかってはいたが、サヤの俺を想う気持ちは太陽の重力並に強いのだと再認識する。
果たして俺はその重い想いを受け止める事が出来るだろうか……いや真面目な話。
「ねえ、みーくんも、私が死だら生きていけない?」
「……考えたくもないなそんなこと」
実際に想像して、途轍もなく嫌な気分になった。
まあサヤの場合、俺だけじゃなく全国各地に同じような男がいるとは思うが。
「少なくとも、それまで通りに普通に生活出来る自信はないな」
「嬉しい……」
愛おしそうな声で、サヤは俺の肩に顔を埋める。
その仕草は子供が親に甘える時にするものに似ていて、猛烈に庇護欲をそそられた。
「どうしたんだよサヤ? 今日はちょっとなんか様子がおかしくないか?」
「実はね、昨日ある夢を見たの」
「夢?」
俺はオウム返しに訊く。
「そう。私とみーくんがお爺さんとお婆さんになってもずーっと一緒にいて、そして百歳になって思い残す事がなくなった時に、二人同時に安らかに亡くなるの」
「ふーん。割と幸せそうな感じじゃないか」
「うん。だから本当にそうなればいいなって思って」
サヤの脳内では、今の時点でもうそこまで人生の設計図が出来上がっているらしい。
死ぬ時までずっとサヤと一緒か……。
遠い未来の事なんてわからないし、実現出来る自信も無いけど……そういうのも悪くないな、と俺も思う。
「ねえ、みーくん」
「ウン?」
「もう少しこのままで居てもいいかな?」
「……うん」
気がつくと俺は、自分でも知らない内にサヤの手を握り返していた。
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