まったく良いご身分だなあ

 よくラブコメ作品で、主人公とヒロインが二人きりで密室に閉じ込められるベタな展開があるけど、まさか自分が同じ目に遭うとは思わなかった。

 扉は二つとも鍵がかかっており、三階だから窓を開けて外に出るわけにもいかず、文字通り八方塞がりな状況だ。


「まいったなあ……」


 勉強机に腰を下ろし、頬杖をつきながら溜息を吐く。

 大声で助けを叫べば、誰かが来てくれるかもしれないが、サヤと二人でいるところを見られるわけにはいかない。

 愛美と博之にLINEで救援要請をしておいたので、しばらくすれば到着するはず。

 ただ二人共、帰宅途中だった為、それがいつになるかはわからない。

 それまではこうしてのんびりと待つしかないのだ。


「ごめんなサヤ。俺のせいで仕事に遅れちまって」

「ううん、いいの。元はと言えば私が鞄を間違えたのが悪いんだし。それに仕事と言っても今日は打ち合わせだけだから、そんなに急がなくてもいいんだ」

「そうか」


 それを聞いて少しは安心したが、やはり気が咎める。


「ふふふっ……なんだか懐かしいな。昔もこんなことあったよね」

「ん。そうだっけ?」

「ホラ、幼稚園の時。皆でかくれんぼしてて、二人で体育倉庫に隠れたじゃない? そしたら先生が来て、私達がいることに気づかなくて鍵を閉めちゃったんだよね」

「ああ思い出した。あの時は本当に大変だったよな……」


 サヤに言われて、徐々にあの苦い記憶が蘇ってきた。

 二人で薄暗い倉庫に閉じ込められた時のことを。

 幸い一緒にかくれんぼしていた友達がすぐに見つけてくれて大事には至らなかったが、視界の利かない場所に閉じ込められてどれほど辛かったか、経験者でなければわからないだろう。

 当時は死ぬまで出られないんじゃないかと本気で考えていたほどだ。

 あの時の経験に比べたら、今はそれほど苦にはならない。


「そうそう、狭いし暗くてなにも見えないしで、もう泣きそうだったんだよね。でもそんな私をみーくんが一生懸命慰めてくれたから平気だったんだよ」

「いやまあ、ぶっちゃけあの時は俺も半ベソかいてたんだけどな」


 ただそれ以上にサヤが取り乱していたから、俺がしっかりしなければ、という心境になったのだ。


「みーくんはいつも私が困っていると助けてくれるよね。さっきもファンの人達から私を庇ってくれたし」

「あれは俺も一ファンとして許せなかったからな。サヤもああいう連中には迷惑してるだろう?」

「うーん、まあね……」


 サヤはポリポリと頬をかきながら、きまり悪そうに苦笑する。


「他にもイベントに行く途中で待ち伏せに遭ったり。迷惑ってほどでもないけど、出来ればやめて欲しいかなーって思うこともあるよ」


 やはりそういうことがあるのか。

 マジセプは今をときめく超売れっ子だ。ファンの数も尋常じゃないだろう。

 事務所はもっと彼女達の警備を強化すべきだ。

 もし頭のおかしな奴が刃物を持って襲って来たらどうするのだ。

 日本は治安が良いから大丈夫、などと高を括ってはいけない。


「ありがとね。でも、もう昔みたいにみーくんに守られてばかりの私じゃないよ。もしみーくんに困ったことがあった時はいつでも言ってね。今度は私が助けてあげるから」

「それは頼もしいな。でも心配しなくていいよ。こんな平凡な人間がピンチになることなんて滅多にないからな。今のこの状況を除けばだけど……」

「ほんのささいなことでもいいの。みーくんの力になりたい。実は私がアイドルになったのを黙ってたのも、それが理由なんだ。なにかあるとすぐみーくんに頼っちゃいそうで嫌だったから。みーくんの役に立てる自分になるまで秘密にしようと決めたんだ」

「そうだったのか。じゃあいつか困ったことがあったら相談に乗ってもらおうかな」

「うん!」


 と、そんなことを話し合っていた矢先、突然俺の腹からぐうぅー、っという盛大な音が鳴り響いた。

 そういえば会話に夢中になって気づかなかったが、もうすぐ正午だ。


「やば、朝飯に食パンしか食ってなかったから、腹減ってきたよ」

「じゃあ私のお弁当わけてあげようか?」

「え、いやでも。それは仕事で食べる弁当だろう?」

「いいの。いつも他のメンバーに分ける為に余分に作ってあるから」


 そう言うとサヤは俺の返事も聞かずに、鞄から弁当を取り出そうとする。


「でもこんなところで食べるのもなんか場違じゃないか?」

「みーくんは私のお弁当食べるの嫌?」

「い、嫌とかそういうわけじゃないけどさ……」


 目を潤ませて問いかけるので、思わずドギマギしてしまう。

 アイドルがこんな顔をするのは反則だろ。


「みーくんの大好きな肉じゃがもあるよ」

「え、そうなの?」


 その途端、以前サヤに作ってもらった肉じゃがの味を思い出して、再び腹の虫が鳴った。

 身体は正直とはこのことか。

 気まずい沈黙が流れる。


「じゃ、じゃあちょっとだけ貰おうかな……」


 我ながら単純な奴だと思う。

 人間の三大欲求というのは偉大なものだ。

 音楽室で飯を食べるなんて、どことなく背徳的な感じがする。

 校舎裏で煙草を吸う不良ほどではないだろうが。


「はいみーくん、あーん」

「ちょ、いいって自分で食べるから」


 てっきり箸をこちらに渡してくれるのかと思いきや、あろうことかサヤは自分で持って食べさせようとした。

 俺が断ろうとしても、サヤは「まー良いから良いから」と言って引こうとしない。

 ところがその直後―― 


「まったく良いご身分だなあ、水輝よ」


 扉越しに揶揄するような声が聞こえてきた。

 驚いて声のした方向を見ると、誰かが窓の外からこちらを覗き込んでいた。

 博之だった。


「助けに来てくれと言うから急いで駆けつけてやったのに、いざ来てみると二人でイチャついているだけとはな」

「いや違うだろ。状況をよく見てから言えよ」

「その必要はない。五分くらい前から見てたけど印象は変わらなかったからな」

「助けろよ、そんなに見てたんなら!」


 悪趣味な奴だ。

 邪魔者が入ったので、サヤは慌てて弁当箱をしまう。


「まあいい、とにかくここを開けてくれ」

「そうだな二人でキスでもすれば開けてやってもいいぞ」

「はあ!?」


 突然、博之がとんでもないことを言い出した。


「制限時間は十秒だ。十……九……」

「ちょ……ちょ待って!」


 相変わらず三度の飯より他人の不幸が大好きな奴だ。

 やはり助けを求める相手を間違えたか。

 このままだと本当にキスしなければいけなくなる羽目に。

 と、その直後――


「なにアホなことやってんのよ」


 そんな声と共に、バシッとなにかを叩く音がした。

 そして次の瞬間には扉が開いて、愛美が現れた。


「まったく世話が焼けるわね」

「愛美……」


 その後ろで頭をさする博之の姿が見える。

 恐らく愛美に叩かれたであろうことは、想像に難くない。


「今のはほんの冗談のつもりだったのに……乱暴な奴だ」

「アレは冗談に聞こえない」


 博之の苦し紛れの抗議を、愛美は軽く一蹴する。


「にしてもアンタって人は、トラブルに巻き込まれる体質でもあるんじゃない?」

「そ、そうかな」

「まあ今回はアンタじゃなくてサヤちゃんを助ける為に来たから、見返りはナシにしてあげる」


 それを聞いて俺はホッとした。

 頼み事をすれば必ず対価を要求してくる愛美のことだから、どうせただでは助けてくれないだろうな、と腹をくくっていたからだ。


「やっほーサヤちゃん。久し振りー!」


 俺の時とは打って変わって、愛美はサヤに対して友好的に挨拶する。


「もしかして愛美ちゃん? すごーい、大人っぽくなったねえ!」


 なにはともあれこうして俺達は、愛美の助けを借りて事なきを得たのである。

 今回から学んだ教訓、持つべきものはな友達であるということ。

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