だーれだ?
俺達が待ち合わせ場所に選んだのは、芸能人の生徒が集まる教室と、一般生徒の教室のちょうど中間に位置する校舎の三階だった。
ここには理科室や図書室など、移動教室に使用する部屋が複数あって、始業式だけの今日は人通りが少ないと判断したのだ。
その予測通り、今のところ他の生徒の姿は見られない。
しかし決して油断はしないよう、細心の注意を払いながら慎重に前へ進む。
まるで伝説の傭兵になった気分だ。
こちらスネーク、これより潜入を開始する。大佐、状況を説明してくれ。
とかなんとかアホなことを考えながら階段を上っていると、上の階でなにやら話し声が聞こえてきた。
「だからさー、作戦通りにすれば絶対に上手くいくんだって」
不審に思って曲がり角からこっそり様子を窺ってみる。そこには複数の男女が待ち合わせ場所の近くでたむろしていた。
服装からすると上級生のようだ。
「いいか皆、手筈通りにやれよ。さっき芸能人クラスの知り合いから、紫苑紗花がこっちに向かっているって情報が入ったんだ。そこで俺達が先回りして、偶然通りがかったフリをして、彼女にサインを頼むんだ」
「頼みごとを滅多に断らないことで有名なサヤサヤなら絶対にサインしてくれるってワケっすね」
ああなるほど理解した。
要するにサヤのサインが欲しい熱狂的ファンというワケだ。
学校内でこのような行為は固く禁止されているはずだが、彼らはそのようなルールはお構いなしらしい。
こういう一部のマナーの悪い連中のせいで、ファン全体の質が低下してしまうのだから本当に迷惑な話である。
「へへへ、紫苑紗花サインを手に入れたらネットオークションで間違いなく高値で売れるぜ」
しかも転売ヤーまがいのことまで企む者までいる。
もはやファンの風上にも置けない。
「アイドルと一緒に写っている写真をインスタにアップしたら私のフォロワーも滝登り間違いなしだね」
「それを言うならうなぎ登りだろ」
「あそっかあ、アハハハハハ!」
……どうでもいいが今の台詞のどこに笑う要素があったのだろうか。
とにかくファンの端くれである俺としては、こういう自分勝手な輩は絶対に許せない。
意を決した俺は、ごくさりげない素振りを装って彼らに近づいた。
「あのーちょっといいですか?」
「ん、なんだお前は?」
声をかけると、彼らは警戒心を露にしてこちらを睨み付ける。
「紫苑紗花を探してると聞いたんですけど、彼女なら先生に呼ばれて職員室のほうに向かうを見ましたよ」
「えっ!?」
「どういうことよ? ここに向かっているんじゃなかったの?」
「情報が間違ってたんじゃねえのか?」
リーダー格の男が他の仲間から一斉に責められる。彼はなにも反論することが出来ない。
「と、とにかく職員室のほうに行ってみよう!」
俺の偽情報にまんまと乗せられた生徒達は、微塵も疑う様子もなくバタバタと走り去って行った。
意外にもあっさりと信じたようだ。人を疑うことを知らないらしい。
どちらにしても、彼らがここにいるとサヤとは合流出来ないので、今の行動は正しかったのだ。
その時、ふいに誰かが後ろから手を回して俺の眼を覆った。
「だーれだ?」
「……サヤだろ?」
俺がそう答えると、眼を覆っていた手が放れて、視界にヒョコッと大人気アイドルの姿が飛び込んできた。
「えへへ、よくわかったねえ」
「こんなことするのはサヤくらいしかいないからな」
「私のことわかってくれてるんだ。嬉しいな……」
いや、そもそも学校にいる友達が少ないのが主な理由なのだが、喜んでいるサヤに水を差したくはないので黙っておく。
「ま、まあそれよりも……ここに来た目的を片付けないとな。ホラ、これがないと大変だろ?」
「うん、そうなんだ。本当にごめんね。家を出る時にちゃんと確認しなかったせいでみーくんにまで迷惑かけて」
「いやいいんだよ。これくらい迷惑でもなんでもないさ」
「うふふ……わざわざ届けに来てくれるなんて、やっぱりみーくんは優しいね。そういうところも大好きだよ!」
「そ、そうか。どうも……」
どうも、ってなんだよ。もう少し気の利いた返事は出来なかったのか俺は。
やはり少し前まで雲の上の存在だったアイドルが、実は幼馴染だったという事実に、未だに戸惑いを感じているようだ。
「じゃあ私、そろそろ仕事があるから行くね」
「ああ、頑張ってな」
ところが手を振って見送ろうとした直後、突然階下から声が聞こえてきた。
「チッ、なんだよ。職員室に行ったけどいなかったじゃねえか。とんだガセネタだったぜ」
「――ッ!?」
まずい。さっきのやつらが帰って来た。
ここでサヤと二人でいるところを見られたら非常に厄介なことになる。
「ど、どうしようみーくん……?」
「仕方ないな。とりあえずどこかに隠れよう……」
俺はサヤの手を掴み、咄嗟の判断で一番近くにあった部屋に身を隠した。
当然だが部屋は薄暗くて、前にピアノが置かれていることから音楽室であることがわかる。
「あれ、さっきのアイツいねえぞ」
「ひょっとしてサヤサヤのサイン独り占めするつもりなんじゃない?」
「クソ、そうはさせるか。 探し出して文句言ってやる!」
連中が周囲の部屋のドアを片っ端から開け始めた。
いずれこの部屋も調べられるに違いない。本格的にまずい状況になってきた。
俺は出来るだけ見つからないように、奥の机の隙間に隠れる。
室内まで調べられたらなんの意味もなさないが、なにもしないよりはマシだ。
狭い場所で自然と身体が密着することになり、体温や匂いをダイレクトに感じて、不謹慎だが思いがけずドキドキした。
そしてとうとう扉が開いた。
部屋の入り口の前で二人の男が室内を見回している。
「オイ暗くてよく見えないぞ」
「電気つけろよ」
もはや完全に袋の鼠といった感じ。
こうなったら俺が囮になるしかない。
俺だけ出ていってサヤをここに隠しておけば、まさか彼らも後ろに紫苑紗花がいるとは夢にも思うまい。
そう覚悟を決めて立ち上がろうとした直後――
「コラ君達。そこで一体なにをしているのかね?」
廊下から別の誰かの声が聞こえてきた。
俺の記憶が正しければ、あの口調と声は確か音楽教師のはずだ。
「えっと……俺達はその……」
「こんなところで油売ってないで、さっさと下校しなさい」
「は、はい……」
どうやら俺にも運が向いてきたようだ。
音楽教師が連中を追い払ってくれた。
後は教師がいなくなった頃合いを見計らって外に出られれば――
「おや、しまった。どうやら鍵をかけ忘れていたようだ」
ガチャ。
と思ったいたら、鍵を閉める音が聞こえた。
「え?」
確かここの扉は内側からでも、鍵がないと開けられないタイプだったはず……。
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