なにも言わなくてもちゃんとわかってるから

「――でね、瑠衣ちゃんは作曲に詳しくて、里美ちゃんは作詞が得意なんだぁ」

「フーン」


 サヤが今話しているのは同じマジカル・セプテットのメンバーの事だ。

 アイドルなのに二次元オタクの瀬尾瑠衣せのおるいにオカルトオタクの秋山里美あきやまさとみ、マジセプは個性的な面子が揃っている。


「それで今度二人で新曲を作ろうって話をしてるんだけど、曲のコンセプトをどうしようか迷ってるんだよねー」

「フムフム」


 …………。


「応援ソングかラブソングが良いと思うんだけど、みーくんはどう思う?」

「ウーン」


 …………。


「そーだなー……ところでサヤ、さっきから気になっていたんだが、お前は今何をしているんだ?」

「え? 何って見ての通り、ダンスの振り付けの練習だよ」


 そう、何を隠そうサヤは話をしている間、ずっと飛んだり跳ねたり回ったりして踊り続けていたのだ。


「それは見ればわかるよ。でもさ、何もわざわざでやる事はないんじゃないか?」


 しかもそんな短いスカートと、へそ出しキャミソールという格好で。


「みーくんは私がここで踊るのは嫌?」

「いやいや、全然そんな事は無いよ」


 むしろライブでは遠目でしか見れないものを、間近でお目にかかれるのは役得過ぎる。

 ただし、その綺麗な肢体が艶めかしく動く光景は、思春期男子の心臓に著しい悪影響を及ぼすので程々にご遠慮願いたい。

 正直に本音を言う訳にはいかないので、適当に理由をつけて丁重に引き取って貰おう。


「ただ俺、そろそろ勉強しないといけないんだよねえ。だからちょっと一人にして欲しいんだ、が――」


 と、その瞬間、スカートがもうあとわずかという所まで捲れて、言葉が止まる。


「――あ、いや、やっぱもう少しだけなら続けても良いぞ……」


 あ……あ……あともう少し脚を上げれば見える――!


「んーでも、私も疲れたからここら辺で休憩しよっと」


 ――しかし寸止めで下がった。


 damn itチクショウ




「ねえ。突然なんだけど、みーくんの写真撮らせてくれないかな?」


 休憩が終わった後、スマホを両手に持ったサヤが、脈絡も無しにそんな事を言い出した。


「へ? それは別にいいけど、そんなもの撮ってどうするんだ?」

「今度、番組のロケがあって、何日かこっちに帰れなくなるの。だからいつでもみーくんの顔を見れるように写真が欲しいんだ」

「ああ、そうなのか」


 そういう事なら特に反対する理由も無い。

 ただ、それまでにも二回くらいロケで帰らなかった事があるのに、何故、今頃になって言い出したのか、それが気になった。

 たまたま今思いついたのか、あるいは愛美あたりがサヤに入れ知恵したのか。


「それで、どんな感じで撮るんだ?」

「正面向いたのが撮りたいの。みーくん、ちょっとこっち向いてくれる?」

「わかった、いいぞ」


 俺はサヤの指示通りに動く。


「うーん、やっぱり立ってくれた方が良いかな? ……そうそう、そんな感じ。もうちょっとリラックスした顔をして……うんうん良いよ。じゃあ撮るからね、はいチーズ!」


 シャッター音が、超至近距離で鳴る。

 どうやらサヤは顔のアップ写真が欲しかったらしく、スマホのカメラを俺の鼻先まで近づけて三枚程撮った。

 真剣な表情でそんな行動をするのは何ともシュールで、つい笑いそうになる。


「オッケー、大丈夫だよー」


 解放された俺はゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「うっふっふぅ~、やっぱりみーくんはどんな顔をしても格好良いなぁ」


 写真をチェックし終えたサヤは、ニヤニヤしながら満足気に頷いた。


「なあ、そんなにジロジロ眺めるほど良いものなのか?」

「もっちろんだよ! 私の大好きなみーくんが格好悪い訳ないじゃない!」


 そう言って差し出してきたスマホの画面には、いつも鏡の中で見かける顔が表示されている。

 何だか免許証の写真みたいだ。


「あーんもう好き過ぎて我慢出来ないっ!」


 欲求を抑えられなくなったのかサヤは、何の前触れも無しに信じられない行動に出た。

 スマホを顔に近づけると、出し抜けに画面越しの俺にプチュッっとキスをしたのだ。


 しかも唇の部分に。


「な、なにをしているんだ?」

「なにって、見ての通りキスだよ。現実のみーくんには出来ないからこうして画面の中のみーくんにすることにしたの。これならいつでもどこでもキス出来るでしょ?」

「まさかそれが目的で写真を撮ったのか」

「そだよー」


 サヤはこともなげに頷く。素直でよろしい。

 これでもかと言うくらい何度もスマホに唇をつけ、聞こえよがしにリップ音を連発させる。

 なんだか見せつけられているような気がする。

 もし恋人同士になったら、自分にもあんなふうにしてくるのかと考えると、自然とドキドキする。


「さぁみーくん。本物のみーくんと恋人同士になるまでの間、好きなだけチュッチュしようねっ?」

「それって衛生的にどうなんだ?」

「じゃあ現実のみーくんがキスしてくれる?」

「え」


 思いがけない質問に、咄嗟に返事が出てこない。


「そ、そういうのは段階を踏んでからのほうが良いんじゃないかなあ」

「むーそうかなあ?」


 サヤは納得がいかない様子で、頬を膨らませる。


「それにホラ、今この状況で『オッケー、じゃあキスしようぜ!』ってなっても全然ムードがないだろう?」

「それはそうかもしれないけど……」

「大丈夫、その時がくれば自然とそうなるもんさ。むしろ先を急ぎ過ぎて気まずいことになっても嫌だろ?」

「ううぅ……それはヤダなあ……」


 俺の説得が功を奏したのか、サヤは渋々といった形だが、受け入れようとしている。

 ……なんだか非常に勿体ないことをした気がする。

 でも自分で偉そうなことを言った手前、言ったそばから撤回するのもいい加減に見える。

 だいたいこういう無駄にムードとかタイミングとかを気にするのはモテない人間のすることなんだよな。

 もっと理屈的なことは気にせずに感覚で突っ走るべきじゃないのか。

 でも、そうしたらサヤの仕事に支障が出る危険性が……。

 うーん……なにが正解なのかわからん。


「うん、わかった。みーくんがそう言うなら待つことにする」

「サヤ……俺はその……」

「いいの、なにも言わなくてもちゃんとわかってるから」


 俺がなにか弁解をしようと口を開きかけた途端、サヤはわかっている、と言わんばかりに微笑む。

 同じ恋愛初心者なのにサヤのほうが一枚も二枚も上手のような気がする。

 恋愛初心者が無理に玄人ぶっても、失敗するのが目に見えている。

 これからはどのタイミングでなにをするかはサヤの判断に任せたほうが良いかもな。

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