さてはアナタ怪しい人ね?

 五月下旬、そろそろ梅雨に入りそうな今日この頃。

 中間考査が終わり、気晴らしも兼ねてサヤに今度二人でどこかに遊びに行かないかと誘ったところ――


「……みーくんゴメン。その日はもう他の人と約束してるの」

「え!? ほ、他の人って誰?」

「みーくんも知ってると思うけど、仕事仲間の秋山里美っていう子なんだ」

「な、なんだそういうことか……」


 安心した。

 他の人と言うから、てっきり変な想像をしてしまった。

 秋山里美はサヤと同じマジカル・セプテットのチームメイトで、最年長の18歳であることからチーム内のお姉さん的役割を担っている。

 中でもサヤとは特に仲が良く「サトちゃん」「サヤちゃん」という愛称で呼び合っている。


「あの、もし良かったら日にちずらして貰おうか?」

「いや大丈夫だよ。俺のほうはいつでも空いてるから。また都合が良い日に行こうぜ」


 俺なんかとは違って、秋山里美は超多忙の身。

 だったら俺のほうが譲るのが礼儀というものだろう。

 サヤは残念そうに「うーん」と唸るが、異議を唱えることはしなかった。


「その代わり家にいる時は一緒にゲームの協力プレイとかして遊ぼう。ホラ、マイクラでまだ家作ってる途中だったろ?」

「うんっ!」




 三日後。

 学校から帰ると自宅の前で不審な人物がうろうろしているのを目撃した。

 もうすぐ夏になるというのに分厚いチェスターコートを着込み、黒いパナマ帽を目深に被って、おまけにマスクとサングラスで人相を隠している。

 極めつけは人目を気にするように、周辺をキョロキョロ見回す仕草。

 あからさまに怪しい。

 背丈と体格からして女性である可能性が高いが……。


「あのー、すみません。どちら様ですか?」

「ハッ!?」


 意を決して声をかけると、相手はビクンと肩を震わせてこちらを振り向く。


「見ず知らずの人間にいきなり話しかけるなんて……さてはアナタ怪しい人ね?」

「人ん家の前でそんな格好でうろついてるほうがよっぽど怪しいと思いますけど……」


 とは言え泥棒の類とも思えない。

 もしや週刊誌の記者か何かだろうか?


「まあ失礼な! 私のどこが怪しいって言うのよ?」

「どこがと言われましても、多すぎてまずどの辺を指摘しようか迷うくらい満遍なく怪しいんですが」

「ぅ……ま、まあ確かにこのサングラスは、見る人によってはほんのチョットだけ怪しく見えるかもしれないわね……」

「いや、もっと他に注目すべき点があるでしょ」


 かなり変わった人のようだが、害は無さそうだ。

 あまり関わり合いになりたくないタイプではあるが。


「まあそれはともかく、私は別に怪しい者じゃないわ。ただこの家の人に用があって来ただけ」

「え、ちょっと待ってください。“この家”って……俺の家に何か用があるんですか?」


 その人物が指差したのは自宅だった。


「あら、アナタの家だったの。じゃあもしかしてアナタが明神水輝さん?」

「な、何で俺の名前を?」


 見知らぬ人に名前を呼ばれ、途端に強い警戒心が沸き起こる。


「知り合いから聞いたのよ。名前以外にもプライベートなことを色々とね」

「知り合い?」

「そう。今日はその人に会いに来たってワケ。変装しているのはなるべく目立たないように来る必要があったから」

「かえって目立ちまくっているんじゃ……というツッコミは置いておくとして、知り合いって誰ですか?」

「アナタも良く知ってる相手よ。“紫苑紗花”」

「!?」


 一瞬、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が全身を駆け巡った。


「一体アンタは何者なんだ? さてはメディアの回し者だな? 俺とサヤのことをスクープしに来たんだろう?」

「うーん、それも面白そうだけど違うわ。サヤが悲しむようなことはしたくないからね」

「サヤが悲しむ?」


 一体、何者なんだろう。

 愛美や母が変装してドッキリを仕掛けたという可能性は低い。

 俺の知り合いの女性の中に、声と体格が一致する人物が存在しないからだ。


「アナタが本当に明神水輝なら、彼女から私の話を良く聞いてるんじゃない?」

「それってどういう……」


 そこまで言いかけたその時、ふいに目の前の人物が帽子、マスク、サングラスを次々に外し始めた。

 俺はその顔を見て、思わず「あっ!」と声を上げてしまった。

 現れたのは腰まで伸びた黒髪に凛とした眼差し。そしてまるで芸術品のように美麗な顔立ち。

 俺はその人物に見覚えがあった。

 と言っても、知り合いという訳ではなく、彼女を見たのはテレビの画面越しやライブハウスで遠くから、あるいは写真集やグッズ等でだが。

 そう……彼女はサヤと同じ――


「アンタもしかして……マジカル・セプテットの秋山里美!?」

「シッ、声が大きいわ……」


 人差し指を唇に当てて、静かにするよう指図する。

 まずい。迂闊だった。


「ここでは人目につくから、一先ず家に入れてくれないかしら?」




 成り行き上、仕方なかったとは言え、初対面の人を家にあげてしまった。


「サトちゃーん、いらっしゃーい!」


 既に帰宅していたサヤが自室から飛び出してきて、秋山里美と熱い抱擁を交わす。


「道に迷わなかった?」

「大丈夫よ。ちゃんとネットで地図検索したから」


 話によると、二人は今日俺の家の前で待ち合わせをして、遊びに行く予定だったらしい。

 しかし辿り着いたは良いものの、サヤ以外の人が出てきたらと考えて、チャイムを鳴らすのを躊躇してしまい、そこへ俺と鉢合わせたと言うのだ。

 本来ならこれからサヤと二人でボウリングに行く予定になっていたのだが、せっかくだし俺を交えて少し家で話でもしようということになった。

 俺も、この突然の来訪者に興味があった。


 秋山里美。

 マジカル・セプテットの最年長で、頼れるお姉さんキャラで通っている。

 非常に冷静沈着な性格をしていて、他のメンバーがふざけて収集がつかなくなった時も、落ち着いて纏めてくれることから、マジセプのお母さんと呼ばれることも。

 その反面、可愛いものが好きだったり、お化けが大の苦手といったギャップも持ち合わせている。

 今も、リビングに飾ってあるぬいぐるみを見て目を輝かせており、あれはキャラ作りなどではなく素だったことがわかる。


「それで、アナタがサヤちゃんの恋人の明神水輝さんなのね」


 リビングにて、目の前で紅茶を啜りながら彼女は俺に言う。


「いやまあ恋人と言うのはちょっと大袈裟ですけど……一応、幼馴染です」


 今俺の家にはマジセプのメンバーが二人もいる。数か月前には考えられなかった状況だ。


「アナタのことは前々からサヤから聞いてて写真も見せて貰ったこともあるんだけど、噂通り中々の好青年みたいね」

「えへへー。そうでしょお?」


 サヤがまるで自分が褒められたように照れる。

 ん? というかちょっと待て。


「写真を見たってことは顔を知ってたんですよね? その割にはさっきは俺のことを不審者呼ばわりしてましたけど……」

「そ、それはその……私って仕事柄、変な人につけ回されることが多くて、いきなり話しかけられたせいでちょっとテンパったっていうか……」


 恥ずかしがりながら小声で話す秋山里美。

 テレビではしっかり者の印象がある彼女だが、プライベートでは割とポンコツなのかもしれない。

 不審者呼ばわりされた身としてはいささか納得いかないが。


 それから俺達は他愛のない世間話や、マジセプ内でのサヤについての話をして時間を潰した。

 わかってはいたが、仕事中のサヤはリーダーなだけあって本当に人徳がある。

 10年という歳月の間に、随分と差がつけられたのを改めて思い知り、何だか卑屈な気分になる。

 話をしてから10分くらい経ち、秋山里美がそろそろ遊びに行こうと言い出し、サヤが外出の準備をしに自室に戻ったその直後――


「さて、サヤちゃんがいなくなったことだし本題に入りましょうか明神さん」

「はい?」


 クッキーを齧っていると、唐突に秋山里美の顔つきが変わって面食らった。

 先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わり、真剣な眼差し。


「アナタは幼稚園の頃からサヤちゃんと結婚の約束までしてとても仲が良いのよね。そんなアナタを見込んでお願いがあるのだけど」

「なんですか?」


 神妙な面持ちで見つめられ、つい身構えてしまう。


「実は来週、サヤの誕生日パーティーを開きたいのだけど、それをこの家でやらせてもらえないかしら?」

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