これは確かに動かぬ証拠ね

「誕生日パーティーですか?」


 俺は秋山里美の言葉を、声に出して反芻する。


「そう、毎年恒例の行事でね、マジセプの誰かが誕生日を迎えるとメンバー全員でお祝いすることになっているの」

「へえ」


 そう言えば以前、テレビのバラエティ番組でそんなことを言っていたような気がする。

 その時はパーティの様子を撮影したVTRも放映されて、メンバーの仲の良さが印象に残る素晴らしい番組だった。


「それで、いつもは誕生日の人の自宅でパーティするんだけど、今年はサヤの居候先であるアナタの家でやることにしたの。恋人と一緒のほうがあの子も喜ぶでしょう?」

「いやまず恋人じゃないんですけど……それにそういうことは母に訊いたほうがいいんじゃないですか」

「実はまず最初にお母さんに許可を求めたのよ。そしたらアナタのことなんか気にせず好き勝手やっていいって言われてね。でも本当にいいのかなって思ったからこうしてアナタの意見も訊いてるワケ」

「なるほど、そうですか……」


 いかにも母が言いそうな台詞である。

 前々から思っていたが、可愛い一人息子を蔑ろにし過ぎではないか。


「で、どうかしら? 許可してくれる?」

「まあ俺は別に構いませんけど、ずいぶん急な話ですね。俺、プレゼントは買ってますけど、それ以外のものはなにも用意してませんよ」

「心配ないわ。準備は全部こっちでやるから、アナタは当日家にいるだけでいいの。お友達も何人か呼んでもいいけど、あんまり大所帯にならないようにね」

「は、はあ……」


 あまりの手際の良さに、思わず圧倒されてしまう。

 さすがはマジセプのお母さんと呼ばれるだけのことはある。こうやって他のメンバーの問題を次々と解決してきたのだろう。

 それにしてもマジセプのメンバーが俺の家に集結するなんて、まるで夢のような話だ。

 本当は俺もサヤの誕生日パーティーを計画していたのだが、家族だけで集まったこじんまりしたものにするつもりだった。

 しかしやはり普通の人と芸能人とでは、パーティーに対する考え方が違うようだ。

 俺のパーティーだと、下手をすればサヤを失望させる結果になっていたかもしれない。


「そうそう、パーティーはサプライズにしたいからサヤにはこのことは絶対に内緒ね。当日になって驚かせるの」

「わかりました。ただ一つ問題があるんですが……」

「なに?」


 確かに彼女の計画は申し分ないように見える。

 一つだけ致命的な欠点があることを除いては。


「サヤの誕生日は来週じゃなくて明後日ですよ?」

「は?」


 一瞬、なんとも言えない空気が、その場に立ち込める。


「……いやいやまさか。そんなワケないでしょう。私は毎年、誕生日パーティーをやっているのよ。サヤの誕生日を間違えるはずないじゃない。正確な日にちを覚えていないなんて、アナタ本当に恋人なの?」

「いや恋人ではないですし、サヤの誕生日は本当に明後日ですから。マジセプの公式サイトにも載ってますよ、ホラ」


 そう言って俺は、スマホを操作しながらメンバーのプロフィール覧を見せる。


「ふむ、なるほど。これは確かに動かぬ証拠ね。さてと……」


 と、彼女はそんなふうに間を置いた後で――


「やばいやばいやばいやばいやばい! どーしよどーしよどーしよどーしよ! 準備なんて全然してないよぉ!」

「お、落ち着いてください!」


 それまでの冷静沈着な姿が嘘のように、いきなり取り乱し始めた。

 そこにマジセプのお母さんと呼ばれた人の姿はない。


「これが落ち着いていられると思う? これまで私が綿密に練り上げてきた計画が全部台無しになっちゃったのよ!」

「毎年やってるのになんで間違えたんですか?」

「その……この時期はウチで飼っているアンゴラウサギの誕生日もあって、たまにごっちゃになることがあるのよね」

「……つまりサヤとペットの誕生日を間違えたってことですか?」


 二人は一番の親友だったはずじゃないのか。


「仕方ないじゃない。私にとっては家族も同然よ。あのモフモフがたまらないのよねえ……」


 恍惚とした表情を浮かべ、自分の世界に入り込む秋山里美。

 なんか妙に色っぽい。


「まあよく抜け毛が部屋中に散らばって困らせることはあるんだけどね」

「でもサヤをモフモフしたりはしませんよね?」

「ええ、毛を散らかしたりもしないわよ」

「それは当たり前でしょ!」


 いかん、不覚にもハ○になったサヤを想像しそうになってしまった。

 マジセプは並外れた美少女の集まりであるが、それと同時に非常に変わった性格の持ち主が多いことでも知られる。

 身も蓋もないことを言ってしまえば変人の集団である。

 それがテレビのバラエティではウケがいいのか、下手な芸人よりも笑いをとることがある。

 その中でも秋山里美はまともな部類に入ると思っていたのだが、実際に話してみてその印象も変わりつつある。


「とにかく困ったわ。せっかくこの日の為にメンバー全員が揃うようスケジュールを調整してきたのに、このままだと何人かは来られない可能性がある……」

「他のメンバーは誕生日が違うことに気づかなかったんですか?」

「パーティーは毎年サヤと二人で準備しているのよ。他の子はケーキつまみ食いしたり飾りつけ壊したりして全然当てにならないから。でもサヤの誕生日には私一人でやるしかないでしょう? あーもうどうしたらいいのかしら……」


 まるで幼稚園児みたいだな。

 マジセプのお母さんも楽じゃないということか。

 周りの人間から頼りにされるというのは、それだけ重圧が大きいということなのだろう。

 誕生日を間違ってしまうのも無理はない。


「いっそのこと予定通り来週にパーティーすればいいんじゃないですか。少しくらい遅れてもサヤは許してくれるでしょう」

「それは駄目よ。サヤは私の一番の親友なんだから、完璧なパーティーにしたいの。それに来週にするって言ってもサヤになんて説明すればいいの? 『やあサヤ。実はアナタの誕生日を勘違いしちゃったけどいいよね。ハハハッ、メンゴメンゴー!』って? そんなの許す人いないでしょ」

「例えが極端過ぎませんですか?」

「大丈夫よ。なんとか明後日までに間に合わせて見せるから。予定が合わないメンバーがいればオンラインで参加してもらうわ」

「簡単そうに言ってますけど出来るんですか?」

「勿論よ……嘘。明日は私も仕事があるから、誕生日当日に全部準備しなきゃいけないのよ。そんなの出来っこないじゃない! ああ、私達の友情もこれでお終いなんだわぁ!」

「んな大袈裟な……」


 いつもは大人びた表情の秋山里美だが、テーブルに突っ伏して子供のように「うぇーん!」と泣き崩れている。

 その姿がなんとも痛ましくて、ついこんなことを口走ってしまう。


「あの、良かったら俺で手伝いましょうか?」

「……ふぇ?」


 俺の言葉を聞いて、涙目になりながら顔を上げる秋山里美。

 心なしか鼻水が垂れているのが残念だ。


「明日は俺も一日中、家にいますし、二人で手分けしてやれば間に合うんじゃないですか?」

「え、ええ。そうかもね……必要なパーティーグッズはもう買ってあるから、それをサヤが家にいない間に運び入れて、当日に飾りつけとかすればなんとかなるかもしれないわ」


 秋山里美は顎に手を当てて感心したように頷く。


「でも本当に手伝ってもらってもいいの?」

「ええ、サヤが喜ぶのなら俺も協力したいですし」

「そう、さすがはサヤの恋人ね。アナタならやってくれると思っていたわ!」

「さっき『アナタ本当に恋人なの?』とか言ってませんでしたか? というか恋人じゃないですって」


 少なくとも今は、だが。


「ただ一つ問題があるわ」

「なんです?」

「サヤをどうやって家の外に連れ出すかよ。サヤが留守の間に飾りつけとかしなきゃいけないんだから」

「そうですね。じゃあ俺が近所のコンビニにでも誘いましょうか」

「そんな色気のない誘いかたじゃあ怪しまれるわよ。ここは『ようベイビー、デートしようぜ?』くらい言わなきゃ」

「そっちのほうが怪しまれるでしょ……」


 なんだかテレビで見るよりずっと変な人のようだ。


「まあ、なにはともあれ協力してくれてありがとう。この借りはきっと返すわ」


 そう言って手を差し出して握手を求めてきた。

 うわ、握手会じゃなくてもアイドルと握手できるなんて。それ以前に面と向かって会話しているのだが。


「別に借りだなんて思ってないですよ」

「そうはいかないわ。アナタはサヤの恋人で、私はサヤの親友でしょう? だから負けるわけにはいかないのよ」

「なんの勝負ですか……」


 それから程なくして支度を終えたサヤが戻って来た。

 ずいぶんと長い間喋っていた気がするが、実際は十分も経っていなかったようだ。

 しかしサヤにバレないように誕生日パーティーの準備をするのか。

 なんだかまたミッション・イン・ポッシブルみたいな展開になってきた。

 だが今回は鞄を渡すより難しくはないだろう。

 そう思っていたのだが……。

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