じゃあ私がマッサージしてあげる!

「うぅ疲れたぁ……」


 学校から帰って着替え終えると、俺は力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。

 今朝、早く起き過ぎて寝不足だった上に、体育の授業で散々走らされたせいで、全身が疲弊しきっている。

 帰り道は家に辿り着けるかすら不安な足取りで、我ながら一度も倒れなかったのが奇跡だと思う。

 もう身体を動かしたくないし、このまま夕飯まで眠るとしよう。


「みーくーん、お帰りなさーい」


 と、そこへ俺の安眠を妨げる者が現れた。


「……ってどうしたの!? 倒れちゃって、どっか具合悪いの?」


 心配そうにサヤが駆け寄ってくる。

 うつ伏せの態勢で微動だにせずにいれば、なにか事件が起こったと勘違いしても仕方なかろう。


「いや……今日は体育の授業がハードだったんでな、疲れてるんだ」

「へーそうなんだ」

「そうそう。あの体育教師マジでスパルタでさ。人がもう走れないって言うのに走らせるんだから勘弁して欲しいぜホント」


 その厳しさから生徒達の評判はすこぶる悪い。

 巷では本人の頭髪が薄いことを揶揄して、頭にコピー機を被せたら四六時中『がなくなりました』と表示されるんだろうな、と陰口を叩かれている。


「ふぅん。それは大変だったね」

「うん。大変だったの。だからしばらく休ませてくれないか?」


 俺を起こさないでくれ。死ぬ程疲れてる。

 今はサヤに構ってやる気力もない。話をするなら夕飯が終わってからにして貰いたい。


「よーし、わかった! じゃあ私がマッサージしてあげる!」

「へ? いや、いいよ」

「遠慮しなくていいって。私、こう見えて結構マッサージ得意なんだ。マジセプの中でも私のマッサージは凄く評判なんだよ?」

「そうなのか」


 本当は早く眠りたいのだが、少しくらいなら付き合ってもいいか。

 それにマッサージされている間に眠れるかもしれないし。


「んじゃ、ちょっと足が痛いからそこだけお願いしようかな」

「オッケー」


 と、元気良くそう言ったは良いのだが、不可解なことにサヤはベッドの上に乗り出すと、あろうことか俺の腰の上に跨り始めた。


「お、おいなにしてんだ!?」

「大丈夫だよ。ちゃんと優しくするから」

「いやそういう問題じゃなくて……」


 抗議の声もお構いなしに、テキパキとサヤがマッサージを開始する。

 さすがに得意と言うだけあって中々の腕前だったが、今の俺はそれどころではなかった。


「わ、わ、やめろ! そんなにしたらマズいって!」

「ダメだよ動いちゃ。痛くなっちゃうから」


 抵抗しようにも疲れて力が出ない。完全にサヤのされるがままだ。

 サヤが動く度に太股と尻の柔らかい感触が腰にダイレクトに伝わり、一瞬にして理性が崩壊寸前まで追い詰められていた。


「んしょっ、よいしょっと。どう、みーくん気持ち良い?」

「はい……色んな意味で……」


 これは……ヤバ過ぎる。

 今までのスキンシップとは比べ物にならない。

 もはや眠るどころじゃなかった。ちょっとでも気を抜けば理性が死ぬ。

 無心だ。無心になるんだ。

 明鏡止水の心ならばどんな試練にも耐えられる……はず。


「あー、ちょ……そこはダメだサヤ」

「痛かった?」

「いや気持ち良いけど、気持ち良いからダメなんだ……」

「?」




「はい、もういいよ」


 数分後にマッサージが終わり、サヤが腰から降りて俺はやっと試練から解放された。


「起き上がらないのみーくん?」

「いや起き上がれない……じゃなくて! 眠いんだよ。頼むから少し寝かせてくれ」


 これでようやくぐっすり眠れる。

 そもそも一番解消したいのは足の痛みではなく眠気なのだ。


「うんわかった。おやすみー」


 てっきり「膝枕してあげよっか?」と言われるかと思いきや、意外にもサヤはすんなりと出て行った。

 俺の気持ちを察したのだろうか。

 出来ればもっと早く察して欲しかったのだが。

 サヤのし(り)圧マッサージの余韻に浸りながら、俺は眠りこけた。




 ゆっくりと目を覚ますと、誰かに頭を撫でられている感触がした。

 おまけに頭に敷いている枕がいつもとは違うように思える。

 何だか懐かしい感じがする。

 昔良くこの枕で眠ったような――

 そうだ、これは明らかに膝枕だ。まさか俺が寝ている間にサヤが来たのか?

 真偽を確かめる為、瞼を開いて見上げてみると、視界に飛び込んできたのはサヤにしてはあまりにも大き過ぎる双丘――


「ああ、水輝おはよう」

「ってアンタかい!」


 案に相違して、そこに居たのは母だった。

 思い出した。昔良く眠った枕と言うのは、サヤと出会う以前の記憶だ。


「なにしてんだよいい歳して!?」


 慌てて飛び起きて叫ぶ。


「実はサヤちゃんが最初に膝枕してたんだけどね、仕事に出かける時間になったから代わってくれって言われたの」


 やはり寝ている間にサヤは来たのか。

 俺が起きている時ではなく寝ている時なら邪魔せずに済むという判断だったのか。

 というか――


「だったらそのまま何もせずにほっときゃいいだろ……」

「そう言う割には気持ち良さそうに眠ってたけど」

「うるせえよ!」


 不覚にも高校生にもなって、母親の膝枕で寝てしまったことに愕然とする。

 どうせならサヤの時に目覚めたかった。

 てっきりラブコメ展開になるかと思ったら、なんだこのどこに需要があるのかわからない展開は?


「母の膝枕は気持ち良かったか、我が息子よ?」

「な訳ねえだろ!」


 フリーダム過ぎないか、この母親は?

 これが学校に知れ渡ったら、サヤとは違った意味で俺の居場所が無くなるな。


 後で気づいたのだが、ベッドには確かにサヤの残り香があった。

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