はい、みーくんアーン

 教室の外――グラウンドでは生徒達が興奮気味に騒いでいる。

 まるで有名人でも来たみたいな騒ぎだな、と思って見てみたら、本当に有名人が来ていた。


「キャー紫苑さーん!」


 名前を呼ばれているのはアイドルグループ、マジカル・セプテットのリーダー紫苑紗花。

 現役高校生にして全国の同世代の憧れの的。

 そして――皆には内緒だが俺の幼馴染にして同居人でもある。

 しかもただの同居人ではなく、子供の頃から将来結婚の約束をしていた関係なのだ。

 こんなことがバレたら俺はどうなるかわからない。


「朝っぱらから覗きとは良い趣味をしているなあ水輝よ」


 グラウンドで大勢の生徒に囲まれるサヤを窓から窺っていると、博之が近づいてきた。


「人聞きの悪いこと言うなよな」

「恥ずかしがることはないさ。覗きは決して悪いことではない。清廉かつ高潔な目的をもとに取り行われる神聖な儀式だ。俺も良く近所の家を覗いたりしているしな」

「なにキモい哲学語ってんだよ。お前のはただの変態じゃねえか」

「失礼な。俺は近所の家が面白い有料チャンネルをやっているから覗いているだけだ」

「どの道、胸を張って自慢出来るようなことじゃないわね」


 二人で口論しているところへ、愛美も加わった。


「それよりも水輝。学校が始まってからしばらく経つけど、アンタ達あれからどうしたの? せっかく一緒に暮らしてるんだから、キスの一つや二つくらいはもう済ませたんでしょうね?」

「しないよ。するワケないだろそんなこと」

「はあ、冗談でしょ? アンタこの一ヶ月間なにしてたのよ?」


 予想以上に呆れたような声が、愛美の口から発せられる。


「年頃の男女が一緒に暮らしてたら自然とお互いああなってこうなって最終的にはズンチャカパッパーってなるもんでしょうが」

「抽象的過ぎて全然伝わらないんですが……っていうかそういう発想になること自体がなんか恋愛脳というか、ちょっとガキっぽくないか?」

「……ガキにガキ呼ばわりされたくないわね」


 割とガチで怒っている様子。


「俺はサヤの仕事の邪魔になるようなことはしたくないんだよ」

「そんな最もらしいこと言って、本当はただ度胸がないだけなんじゃないの?」

「違うって。映画とかドラマとかでもあるだろ? 仕事と恋愛の両立は物凄く難しいって」


 仕事と恋愛の両立が出来なくなって破綻するカップルも少なくない。

 その上サヤは超多忙なアイドルグループのリーダー。

 他のメンバーに迷惑をかけるようなことをすれば、グループの結束に亀裂が生じかねない。

 挙句の果てにはマジセプが解散、なんて最悪の結末も。

 俺もファンの一人として、そのような事態は決して望んでいない。


「俺はマジセプのオノ・ヨーコにはなりたくないんだ」

「ヨーコにしてはちょっと貫禄不足だけどね」


 まあ正直に言うと、愛美の言った“度胸がない”のも理由の一部ではあるのだが。

 もしサヤとの関係が明るみになれば、全国の男子を確実に敵に回すことになる。

 そういうのも漫画みたいでロマンチックじゃないかと思う者もいるかもしれないが、実際に当事者になってみれば意見は変わるだろう。

 サヤも俺のそんな心情を理解しているのか、無理に関係を前進させるつもりはないらしい。


「でも同棲している時点で同じことじゃないの。学校の誰かがサヤちゃんの後をつけてアンタん家に居候していることがバレれば仕事どころじゃなくなるかもよ」

「まあそれはそんなに心配することはないんじゃないか。サヤも自宅が特定されないように最大限の注意を払っているし。余程のことがなければバレることなんてないだろ。。どっかの誰かが馬鹿なことしなけりゃだけど……」


 言いながら、俺はチラッと博之のほうを睨む。


「おい愛美、お前を睨んでいるぞ」

「アンタのことに決まってんでしょ」


 この男だけは、なにをしでかすかわからないから不安だ。


「まったくアンタって奴は、なんだってサヤちゃんはこんなヘタレを好きになったのかしらねえ……」

「まあまあそんなに責め立てる必要はないんじゃないか松永。それに、お前には理解できなくても、水輝には結構良いところもあると思うぞ」


 意外な男から援護が入った。

 隣で俺達のやり取りを傍観していた博之が口を挟む。


「そう、例えば……えー……あー……うーん……なんだろう? ……………………まあともかくそう言う訳だからあまりキツく言ってやるなよ」

「なにがそう言う訳なんだ?」


 結局、何一つ長所を挙げられていない。


「感謝しろ水輝。ちゃんと擁護してやったぞ」

「一体、何を根拠にそんな事が言い切れるのか?」




 帰宅後。


「はい、みーくんアーン」


 そう言ってサヤが差し出してきたプリンを、俺は「あー」と言って素直に頬張る。

 このお菓子は先日デートした時に、サヤがスイート○ンドで取った景品だ。

 何せ一日やそこらで食べきれる量ではないから、こうして二人で協力して処理しているのである。


「ねえ今度は私にも食べさせて?」

「ああいいよ、ほらアーン」

「アーン。うん美味しー……モグモグ」


 それで何故、食べさせ合っているのかと言うと……サヤの要望を聞き入れたからだ。

 恋人になったのだから、せめてこれくらいは恥ずかしがらずにやらないと申し訳無さ過ぎる。

 ただそれでも恥ずかしくないと言えば嘘になり、気を紛らわす為にPCでFPSゲームをプレイしながらやっているのだが。

 隣でチョコクッキーを美味しそうに食べるサヤを見ていた時、ふと学校での愛美達との会話を思い出した。


「なあサヤ。俺の良いところってなんだと思う?」

「え、急にどうしたの?」

「いや、ふとなんとなく思ってな」


 愛美と博之にボロクソ言われて、自信を失くしたからとは到底言えない。


「みーくんの良いところならいっぱいあるよー。誰とでも気兼ねなく話せるし、困っている人が居れば助けるし、細かい気配りが出来て、それに……なにがあっても絶対に私の味方なところっ!」


 サヤの力強い言葉を聞いて、沈んでいた気分が晴れ渡っていくのを感じた。

 やっぱりこう言うのは、わかって欲しい人だけがわかってくれれば良いのだ。

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