お粥とかも一応つくれるよ?

 夕方、俺とサヤはキッチンの前に立っていた。

 さっき母から電話が入って『また仕事で遅くなるから悪いけどご飯を作っておいて』と言われたからここに居るのだ。

 何故サヤだけに任せないのかと言うと、母が直々に俺をご氏名だから。

 それに仕事で忙しい彼女の手を煩わせたくないという思いもあり、今回はアドバイスだけして貰って、主に俺がつくる事にした。


「よーし、じゃあつくるかサヤ!」

「うんっ! でも良く考えたらみーくんって料理出来るの? あんまりするとこ見た記憶ないんだけど……」

「オイオイ見くびって貰っちゃあ困るぜサヤ。こう見えて俺は色んな料理をつくれるんだぞ。卵焼き、目玉焼き、茹で卵、オムレツ、スクランブルエッグ……」

「へー卵料理が得意なんだねぇ」

「お粥とかも一応つくれるよ?」

「……うん」

「…………」


 なんとも言えない沈黙。

 いや、違うんだよ。ただ手間がかかる料理は面倒臭いからつくらないだけなんだ。

 こんなんでも昔はカレーとか野菜炒めとかつくってたんだよ……調理実習で。


「ま、まあ取り敢えずつくろうか! えーと、今日の献立は……と」


 気を取り直して俺は、冷蔵庫に貼られてある献立表を見る。


「チリコンカン? ちょ、何でまた今日に限ってこんな手間のかかりそうな料理なんだよ」

「でも材料はちゃんと揃ってるみたいだよ」


 サヤが冷蔵庫から中身を取り出しながら言う。

 ひき肉、玉ねぎ、豆、トマト缶、その他色々。料理に必要な素材は一通り揃っている。

 用意が良いな。

 まあここで不満を言い続けても仕方ないので、一先ずつくり始めることにする。


「大丈夫みーくん? 私も手伝ってあげよっか?」

「いやいや、ヘーキヘーキ。このくらい、ネットでつくり方見ながらやれば失敗することはないだろう」

「そう?」

「ああ、それに……」


 将来、嫁さんだけに家事を任せるような怠け者になりたくない、と言おうとして恥ずかしくなったので言葉を飲み込む。

 声に出して言えば、間違いなくサヤが大騒ぎして料理どころではなくなる。

 まずは玉ねぎを微塵切りにする。

 サヤには調味料の分量や包丁の使い方を教えて貰う。


「あ、みーくん危ないよ。包丁の握り方はねえ……」


 そう言ってサヤは、俺の手の上から包丁を握って動かす。


「そうそう、そうやって繊維に沿って切るの」

「お、おお……」


 サヤの体温が直に伝わり、何だか良い匂いまでして逆に切るのに集中出来ない。

 玉ねぎを切り終えたら、フライパンに他の材料と調味料と共に入れて数十分煮込む。


「みーくん、そろそろ味見もしたほうがいいんじゃない?」

「ああ、そうだな」


 出来上がった後で変な味だったら大変なので、サヤから手渡されたスプーンを使い、一口食べてみた。


「うーん……なんか微妙に味が薄い気がするんだよなぁ……」

「どれどれ私にも味見させて」

「ホイ」


 サヤに言われるまま、俺は同じスプーンを使って食べさせた。

 行儀が悪いかもしれないが、注意する者も居ないので別に構わないだろう。


「そうだねぇ、もう少し調味料を足した方が良いかも」

「オーケーわかった」


 その後、慣れない料理に悪戦苦闘しながらも、サヤの指示もあり、無事に完成した。

 初心者にしては味も出来栄えもそんなに悪くなかった。

 漫画とかならこういう時、料理とは思えない変な物体が出来上がる事が往々にしてあるが、現実はそんなにドラマチックではない。


「フフフ……みーくんが作ってくれたチリコンカン、美味しー」


 サヤも美味しそうに食べている。

 なんだか二人きりでこうしていると、夫婦みたいだ。

 もちろんそんなこと口が裂けても言えないが。


「サヤのアドバイスのおかげだよ。それにネットでレシピを見ながら作ってたし」

「みーくんって昔からなにやらせても大抵のことはある程度こなせちゃうんだよね」


 黙々と夕飯を食べている途中、スプーンを動かす手を止めてサヤが口を開く。


「スポーツにしても勉強にしても、ちょっと練習しただけですぐ上達するし、それって凄いことだと思うよ」

「でもそういうタイプって逆に得意分野が無くて、器用貧乏になっちゃうのがお決まりのパターンなんだよな」


 スポーツ選手でもオールラウンダーはその道のエキスパートには絶対に勝てず、控えに回ることが多い。

 かつての俺がまさにそんな感じで、中学生の頃には大きな挫折を経験したこともある。

 サヤにはそのことをまだ話していないが、いつか話さないといけない日が来るかもしれない。

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