あー恥ずかし……
昼飯を食べ終えて、他にやることもなく自室でくつろいでいると、スマホの着信音が鳴った。
「はいもしもし?」
『よう水輝』
電話の相手は、ちょうど今から電話しようと思っていた二人の内の一人だった。
「なんの用だ博之?」
その男は
眼鏡が良く似合う爽やかなイケメンだが、性格に難があった。
『聞いて驚くなよ。なんと数学の三浦先生と体育教師の原口先生が付き合っている証拠写真を手に入れたんだ』
「へえ、そうか」
『へえ、そうか、とはあっさりした反応だな。これは一大事だぞ。なにせ二人はどちらも既婚者だからな、もしこれがバレたらクビになる可能性がある。あるいはそれをネタに二人を揺するのも面白そうだな……』
「お前はわざわざそんなくだらないゴシップを聞かせる為に電話してきたのか?」
博之は勉強が出来る反面、ひどくいい加減な性格で、他人の不幸を面白がる癖がある。
学校でもしょっちゅう生徒や教師のスキャンダルを嗅ぎまわっているので、皆からは煙たがられている。
俺の発言が気に入らなかったのか、博之は少しムッとしたような声音でこう言った。
『くだらないとは聞き捨てならないな。それならお前はもっと凄いニュースがあるのか?』
「あーそうだな……こういう形で伝えるのは気が進まないんだが、まあいいか。実はな、マジカル・セプテットの紫苑紗花が俺ん家にいるんだ」
『ふん、なにを言い出すのかと思えば、とうとう現実と妄想の区別がつかなくなったのか水輝よ』
「いやいやホントだって。話せば長くなるんだけどさ――」
『いや、言わなくていい。前々から変人だとは思っていたが、ついに行くところまで行ってしまったか……』
「……お前にだけは言われたくねえよ」
俺も胸を張って言えるほどの真人間ではないが、博之ほど変な奴は見たことない。
「わかった。そんなに言うなら今から証拠の写真送るってやるから、自分の目で確かめてみろよ」
『ふむ、いいだろう』
俺は早速メッセージアプリを利用して、昨日サヤと撮ったツーショット写真を送信した。
『……どうやら本当のようだな』
さすがに動かぬ証拠を突き付けられては、博之も認めざるを得なかったようだ。
相手が納得したところで、俺はこれまでの経緯を詳細に語った。
『ほう、そうかそうか水輝よ。中々面白い事になっているじゃあないか』
「他人の苦労を面白がってんじゃねえよ。こんの薄情
事情を説明し終えたところで返ってきた台詞がコレである。
『いやいや。どうやらこれで新学期も退屈せずに済みそうだよ』
「テンメー……覚えておれよ」
他人の不幸は蜜の味。
概ね予想はしていたが、博之の反応は想像よりはるかに酷いものだった。
ハッキリ言ってコイツにサヤとのことを教えるのは非常に不本意だった。
それでも言わなかったら逆に何をするかわからないので致し方無い。
一応、俺もコイツの知られたら困る秘密をいくつか握っているので、下手な真似はさせないつもりだ。
『懐かしいな。まさか小学校のクラスメイトがアイドルになっていたとは。安心しろ、この事は絶対に誰にも言わん。俺は口が固いので有名なんだ』
「ホンマかいな」
『ホンマだ。俺のこの目が嘘をついているように見えるか?』
「見えるわきゃねーだろ! 電話越しなんだからな!」
段々と腹が立ってきた。
『なあに、いくら俺でも夫婦の仲を引き裂くような鬼畜な真似はしないさ。それくらいの分別は弁えているつもりだ』
「夫婦って誰の事だ?」
『忘れたのか? お前ら二人はクラス公認の夫婦だったじゃないか。皆の前で誓いのキスを交わしただろう』
「いつの話をしてんだよ!」
あの時は周りから「チューしろチューしろ!」と囃し立てられて、サヤも割とノリノリだったから、成り行きでそうなっただけだ。
……ちなみにこれは一度や二度だけの話ではない。
「今のアイツはアイドルなんだぞ」
『そのアイドルと同棲しているのはどこの誰かな?』
「いや俺だって好きでそうなった訳じゃないからな。バレたら下手すりゃSNSで名前や住所まで晒されて一気に拡散するかもしれないんだし」
『まあそれはそれで面白そうな気もするがな』
「最低だなお前」
なんでこんなのが友達なんだろう。
『冗談だ。さっきも言ったが俺もそこまで外道ではない。それにしても十年間も同じ相手を好きで居続けるとはな、一途な人間もいたもんだな』
「サヤは昔からそういう奴だったからな」
『なにを言っているんだ? お前のことも言ってるんだぞ?』
「は?」
相手の言わんとしていることが理解出来ない。
俺が一途? どこが? 母に教えて貰うまでサヤのことを綺麗サッパリ忘れていたのに。
『お前だってこの十年間、一度も彼女を作らなかっただろう。中学生の頃なんて少なくとも三回くらい告白されて全部断っていたじゃないか』
「いやそれは……」
自慢じゃないが、中学生の頃の俺はスポーツが得意だったこともあって、そこそこモテていた。
だが何故か心の中に引っかかるものを感じて、結局誰とも付き合わなかったのだ。
あれは無意識にサヤの事を考えていたからなのか?
『全く、二人揃って一人の人間しか愛せないなんて逆に理解出来んよ。漫画じゃあるまいし、どういう趣味してるんだか』
「デブ専のお前に言われたくねえよ」
そう、この男は体重80㎏以上の異性だけが好みで、マジセプにも全く興味が無いのだ。
ただ人の嗜好は千差万別なので、これを短所とまで言うつもりはない。
『俺の事はともかく、お前はもう少し素直になれ。アイドルだからって恋愛してはいけないという法律でもあるまいし。思う存分、嫁とイチャイチャしてやるんだな』
「な、なに言ってんだ!」
『ああいや、そう言えば同棲してるんだったな。もう既にイチャイチャしているのか?』
……あながち否定は出来ない。
しかしコイツに指摘されると無性に腹が立つのは何故だろうか?
『ところで最後に確認したいんだが、俺以外にお前らの事情を知っているのは本当にアイツだけで間違いないんだな?』
「ああその筈だけど」
さすがに他クラスまで噂が広がる事は無かった。
もし耳に入っていても、又聞きの噂なんて誰も信じないだろう。
『成程、なら問題ないな。じゃあ俺はそろそろ切るから、もう一人の奴にもちゃんと説明しておけよ。じゃあな』
通話を切った後、俺は博之の言葉を反芻していた。
俺はずっとサヤのことが好きだったのか?
母から電話で報告を受けていたサヤとは違い、俺の思い出は小学一年生の時で途切れている。
あの頃は恋愛感情がどういうものなのか全然理解しておらず、実際のところ良くわからない。
『わたし、おおきくなったらみーくんのお嫁さんになるー!』
そう言えばあの時、俺はどんな返事をしたんだっけ?
記憶の糸を必死に手繰り寄せて、当時の台詞を思い出してみる――
『おれも、ずっとサヤといっしょにいたい! ぜったいに幸せにしてやるからな!』
――うん、がっつり好きだったわゴメン。
「あー恥ずかし……」
昔の事を思い出し、一人頭を抱えて悶絶する俺だった。
それは子供の頃の他愛ない約束。
大人になればそんな約束をしたことさえ、忘れてしまう者が大多数だろう。
だが中には例外もいるようだった。
ちょうどここにも一人――
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