……なんか面白がってません?

「はあ? それってどういうことですか?」


 俺は咄嗟に聞き返していた。


「いやー、最初はそんなつもりじゃなかったんだけどね、でも矢吹さんに『試しに受けてみたら?』って言われて、私もダメもとでオーディションを受けたのよ。まさか受かるとは思わなかったけどね」

「そんなことが……」


 矢吹さんの言っていた「はまり役」とは彼女のことだったのか。

 なるほど言われてみれば、里美さんの放つ有無を言わせぬ威圧感は、主人公を妨害するライバルキャラにピッタリだ。

 サヤは演技だが、里美さんのほうが地でいける分、有利に働いたわけだ。

 いや、里美さんの性格が悪いと言っているわけではない。

 ただ見た目が性格悪そうなだけだ……どっちにしろ失礼か。


「そのことをサヤには……」

「いいえ、まだ言ってないわ。言ってたらこんな和やかに会話出来ないでしょ」


 それはそうだ。

 里美さんが言ってくれれば俺が伝える必要もなくなるのだが。


「じゃ、じゃあどっちが言います? この場合、受かった人が伝えるのが良いと思うんですけど……」

「というか言う必要がないわ」

「え、どうしてですか? 遅かれ早かれドラマの撮影が始まったら隠し切れませんよ」

「始まらないわよ。だって私が役を降りるから」


 里美さんが突拍子もないことを言い出した。


「そうすれば次点だったサヤが役に選ばれるでしょう? スケジュールが合わないとか、自信がなくなったとか適当な理由をつければ良い。芸能界じゃあよくあることよ」

「でもそんなことしてサヤが喜ぶとは思えないんですけど……」

「そう、だから秘密にするの。私はこっそり役を降りれば、サヤはそもそもオーディションに落ちたことも知らずに望み通りの役を手に入れる。これで皆がハッピーになるでしょ」

「そうかもしれませんけど……」


 確かに真実を知れば間違いなくサヤは気に病むことだろう。

 でも本当に言わなくて良いのか。

 里美さんがサヤの為に身を引いたというのは紛れもない事実なのだから。

 サヤに無自覚に十字架を背負わせてしまうことにはならないか。それとも俺の考え過ぎ?


「だからアナタも絶対言っちゃ駄目よ」

「…………」


 なんてことだ。また秘密が増えてしまった。

 

「そうだ、サヤにはオーディションに合格したって報告しましょう。どうせならアナタの口から伝えてくれないかしら?」

「ええ!?」


 里美さんがとんでもない提案をする。

 俺に嘘の片棒を担げと?


「そんなこと出来ませんよ」

「出来るでしょ。サヤの為だと思ってやればいいのよ」

「サヤの為でも出来ることと出来ないことがあるんですよ。それに……オーディションに受かったらキスするって約束したんですよ……」

「いいじゃないすれば。唇に思い切りブチュッと」

「……なんか面白がってません?」


 この人も段々と愛美や博之に似てきたな。

 自分の力で手にしたわけではないのに、お祝いを貰うのはサヤの本意ではないはずだ。

 そして俺もそれを知っていながら何食わぬ顔なんて出来ない。


「じゃあ本当のことを話してサヤを傷つくことになってもいいの?」

「そ、それは……」


 そう、真実を言うということは、すなわちオーディションに落ちたことを伝えるということだ。

 でもどちらがサヤにとって良くないことかと問われると、嘘をつくことだと思う。

 ここはやはり真実を言うべきだ。


「ねえ、なんの話をしてるのー?」


 決意を固めていると、着替え終わったサヤが戻って来た。


「な、なんでもないわよ。ただ世間話してただけ」

「そ、そうそう」


 咄嗟のこととはいえ、嘘をついてしまった。

 このままでは良くない。


「サヤ、その……実はな……」

「ん?」

「あーそうだ! のど渇いたからなにか飲み物貰えないかしら?」


 俺が真実を伝えようとして口を開きかけた直後、それを遮るようにして里美さんが叫んだ。

 なにも知らないサヤは、「うん、いいよー」と言ってキッチンへと向かう。


「ちょっとなにやってるんですか里美さん!?」

「それはこっちの台詞よ。アナタ今、サヤに本当のこと話そうとしたでしょ?」

「それのなにがいけないんスか。嘘をつくほうがサヤの為にならないでしょ!」

「そんなのわからないじゃない。嘘も方便って言葉があるでしょうが!」


 サヤがいなくなった後、二人で激しい口論を繰り広げるも、どこまで行っても話は平行線。

 前々からこの人はサヤの大親友を自負していて、幼馴染の俺に対してなにかと対抗心を燃やす癖がある。

 俺の意見じゃなかったらここまで反対しなかっただろう。


「お待たせー……って、あれ? もしかして二人共、喧嘩してるの?」


 ティーカップを乗せたお盆を持って来たサヤが、一触即発の俺達を見て脚を止める。


「そそそそそそ、そんなことないよ。ちょっと二人で話してただけだ!」

「二人が仲良くなかったら、なんだか私も悲しいな……」

「――ッ!? いやいやいやいや。俺と里美さんは凄く仲良しだよ。ですよね?」

「ええ、ホラこの通り。オー、ワガトモヨ!」

「オー、ワガシンユウヨ!」


 オーマイゴッド……。

 サヤがいる手前、お互いに肩を組んで友好を演出してはいるが、実際は机の下で足を蹴り合っているような状態だ。


「あ、あのねサヤ……実はサヤに嬉しいお知らせがあるのよ」


 と、里美さんが俺の一歩前に出てそう切り出す。俺の先手を取ってオーディションに合格したと言うつもりだろう。

 そうはさせるか。


「いや、それよりも俺の話を先に聞いてくれないか」

「なにを言ってるの。私が先よ」

「いや俺が――」

「いやいや私が――」


 そんなふうに二人でダ○ョウ俱楽部みたいなことをしていると、突然サヤのスマホの着信音が鳴った。

 サヤは「ちょっとゴメンね」と断ってから、スマホを取り出して電話に出た。


「はい、紫苑です……あ、矢吹さん」


 なんと電話の相手は、俺に理不尽な役を押しつけたあのマネージャーのようだ。


「え、はい……はい……そうなんですか……わかりました」


 向こうの声は聞こえなかったが、次第にサヤの顔から元気が失われていくのを見るに、恐らく良くない知らせだと思われる。

 まさか……。

 そして通話を終えたサヤが俺達に向かって発した一言で、予感が的中したことがわかった。


「オーディション落ちちゃったみたい……」


 数秒間、誰もなにも言うことが出来なかった。


「さ、サヤ……気を落とさないで。私達がついているから」

「矢吹さんの話だとサトちゃんが役に受かったって言ってたけど……」

「いっ――!? いや、言おうとしたのよ。でも中々言い出すタイミングがなくて……」


 嘘つけ、内緒にするつもりだったクセに。

 不可抗力とはいえ親友に役を持って行かれて、サヤがどんな行動に出るだろうと、俺は内心ハラハラしていた。

 ところが次の瞬間、サヤの発した言葉は思いもしないものだった。


「あちゃー、やっぱり駄目だったかぁ……なんとなくそんな気がしてたんだよねえ」

「……え?」


 あれ、なんか反応が薄いような……。


「でも合格したのがサトちゃんで本当に良かったぁ。もし私が落ちることになったら、誰か知ってる人に演じて欲しいなって思ってたもんね」

「サヤ……もしアナタが望むのなら役を降りるわよ?」

「え、どうして?」


 サヤは本当にわからないといった表情で首を傾げる。


「だってこの役を誰よりも演じたがっていたのはサヤのほうじゃない。知ってるのよ、サヤが陰でどれだけ努力してきたか。私なんかよりよっぽど相応しいわよ」

「でも私、サトちゃんが演じているとこ見たいな。サトちゃんならきっと私より良い演技が出来ると思うよ」

「そ、そうかしら?」

「もちろん。周りの人もサトちゃんの演技力は凄いって皆言ってるし。今からでもドラマが放送されるの、すっごく楽しみにしてるよ」


 サヤの激励の言葉により、徐々に里美さんの態度に変化が表れる。

 上手い。里美さんの性格を考えると、なにを言っても頑なに役を譲ろうとするだろうが、ああやっておだてることにより、そのほうがサヤが喜ぶと思わせている。

 意図的なのかどうかわからないが、里美さんの扱い方を良く心得ているような感じだ。


「そ、そこまで楽しみにしてるなら、サヤの為に頑張るしかないわね」

「やったぁ、サトちゃん大好き!」


 一時はどうなることかと思ったが、こうして事は丸く収まったワケだ。一件落着し、熱い抱擁を交わす二人。

 だが俺はサヤの態度になにか違和感のようなものを覚えた。

 あれほど熱望していた役なのに、あんなにあっさりと割り切れるものなのか。

 里美さんがいる手前、わざと明るく振る舞っていてもおかしくはなくはない。

 里美さんが帰った後、サヤは早々に自室に引きこもってしまった。

 俺はつい気になってサヤの部屋に向かった。そして扉をノックしようとしたその時である。

 微かだが、ドアの向こうからすすり泣くような声が聞こえてきた。

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