どんな理屈よ……

「ホラ皆、急いで支度して。早くしないとサヤが帰ってくるわよ」


 水輝達がゲームセンターで遊んでいる頃、彼の自宅では誕生日パーティー向けて着々と準備が進められていた。

 現在、作業をしているのは全員がテレビで一度は目にしたことのあるマジカル・セプテットのメンバーだ。 

 彼女達はそれぞれ星やハートをかたどったバルーンやガーランドを手分けしてリビングに飾りつけていく。

 里美は水輝から貰った合鍵で家に入り、どれをどこに置くのかメンバーに指揮している。

 壊されると面倒なので、割れ物は自分で運び、他のメンバーには頑丈なものしか持たせない


「そう言えばいよいよサヤサヤの噂の彼氏に会えるんだよね。写真で顔は見たことあるけど、どんな人なんだろうねー。サッチーは直接会ってるんだよね?」

「ええ、幼稚園の頃からサヤと一緒にいるのよ」


 里美に話しかけているのは、ギャルっぽい派手な容姿が特徴の琢磨美穂たくまみほ

 その外見の通り、天真爛漫かつ奔放な性格で、今時の若者風の言葉を多用することで知られている。

 先輩芸能人にも軽口を叩き、フレンドリーに接する人気を集めている。

 口癖は「これ世間のジョーシキね!」。


「それでどうだった、実際に会ってみた感想は?」

「うん。中々性格の良さそうな人だったわよ」

「やっぱりね、私の思った通りだよ。紗花ちゃんが好きになった人が悪い人なはずないもん!」


 そう横から口を挟むショートカットの少女はアニメ好きで有名な瀬尾瑠衣だ。

 おっとりとした容姿に反してかなりのオタクで、ゴールデン番組でも平然と深夜アニメの話をし、SNSにコスプレ画像を頻繫に投稿している。


「それにその人ってプ○キュアが好きらしいんだよ。プ○キュアが好きな人に悪い人間なんていないでしょ」

「どんな理屈よ……」

「ねえ、サヤサヤが帰って来たらまず最初に彼氏を紹介して貰うってのはどうよ?」

「いいねそれ、本人に直接訊きたいことも沢山あるし」


 飾りつけのバルーンをセットしながら、美穂がそう提案すると、瑠衣がすかさず賛意を示す。


「でも話によると二人はまだキスさえしてないそうじゃない。一緒に住んでる割には発展が遅いと思わない?」


 そう厳しく指摘するのは毒舌キャラでおなじみの伊吹鈴夏いぶきりんか

 歯に衣着せぬ物言いをすることで有名で、相手がグサッとくる指摘を平気でする。

 ハニーブロンドのロングヘアと鮮やかな碧眼は、彼女に北欧人の血が流れていることを示している。


「別に男女の恋愛なんて人それぞれでしょ」


 里美が擁護する。


「それはそうだけど据え膳食わぬは男の恥って言うでしょ。サヤの彼氏の場合、飢え死にしそうな思えるけど」

「サヤはそういう肉食系なのは好きじゃないって知ってるでしょ」


 水輝と一緒にいる時のサヤは、相手が照れるのも構わずスキンシップをとってくるが、ああ見えて貞操観念が非常に強い。

 どれくらい強いかと言うと以前、メンバーの前で婚前交渉はあまり良くないことだと公言していたほど。

 しょっちゅうバカップルのようにイチャついてるにもかかわらず、何故そこだけ旧態依然とした悪しき慣習を踏襲するのかは謎だ。


「だいたいさっきから偉そうなこと言ってるけど、自分なんか彼氏がいたことさえないじゃない」

「あ、アタシのことはどうでもいいでしょ! そう言う里美だっていないクセに!」

「あら、私はいるわよ。身長190CMの素敵な大学生が」

「う、嘘よ。そんなこと聞いたことないわよ!」

「フッ、甘いわね。自分の見える世界が全てだと思わないほうがいいわよ」

「あれぇ、でもそれって告白を断るのが面倒で作った架空の彼氏じゃなかったっけ?」


 里美が勝ち誇ったような笑みを浮かべた直後、ポロッと瑠衣が漏らす。


「シッ! それは言わない約束でしょ瑠衣!」


 里美が人差し指を唇に当てて「喋るな」のポーズをとるが、時すでに遅く――


「なーによ、私には偉そうなこと言ってるけど、里美だって一緒じゃない」

「わ、私の場合はモテすぎて困ってるから」

「そんなの言い訳にならないから」

「…………」


 里美は反論出来なくなって口をつぐむ。

 代わりに秘密を暴露した瑠衣を恨みがましく睨み付ける。


「……瑠衣、なんで言っちゃうのよ」

「だってやっぱり嘘は良くないよ。不正は悪い人のすることだよ」

「そうね、じゃあ口止め料としてアナタに渡した一万円は返して貰おうかしら」

「え……そ、それはちょっと……」


 それまで綺麗事を並べていた瑠衣が途端に口ごもる。


「どうでもいいけど皆、手がお留守だけど飾りつけしなくていいのー?」


 美穂に指摘されて、それまで会話に夢中になっていた三人が慌てて手を動かし始める。

 本日のパーティーは里美、美穂、瑠衣、鈴夏の四人が参加し、残る二人はスケジュールの都合でリモート参加となっている。


「ちょっと瑠衣! アナタ一体なにしているのよ?」


 四人が黙々と作業を続けていると、ふいに里美が大声で瑠衣を呼び止めた。


「なにってパーティーの飾りつけしてるんだよ」

「それは見ればわかるわよ。そうじゃなくてその手に持っているのはなんなのって訊いてるの」


 瑠衣が両手に抱えているのは、なぜか理科室などに飾ってある骸骨の標本だった。

 その場違いな物体に、美穂や鈴夏も目を丸くする。


「どこから持って来たのそんなもの?」

「いやあ、パーティーの飾りつけでなにか珍しいものはないか調べてたら、こんなものがあって」

「そりゃハロウィンの時なら違和感はないかもしれないけど、一体どこの世界に誕生日パーティーで骸骨の標本を飾る人間がいるのよ?」

「じゃあ私が世界初の人間になるってこと? 凄い、もしかすると私、これでノーベル賞が貰えるかもしれないねっ!」

「ええ“ノーベルアナタは馬鹿です賞”ってのがあったら貰えるかもね」

「やったぁ、嬉しい!」


 里美が渾身の皮肉を言うが、瑠衣はわかっていない。


「一応言っとくけど壊さないでね。これレンタルだから、後で返さないといけないの」

「へー、ちなみにいくらくらいするんだろう?」


 美穂が訊ねる。


「うーん、少なくとも2、30万はするんじゃないかな?」

「30万!? ひえ……そんなにするの? ウチの肋骨も一本くらい売ればお金になるかな?」

「いや本物は売れないでしょ……というかそれ犯罪じゃないの?」


 呆れ顔で突っ込みを入れる鈴夏。

 そうこうしている内に再び作業が停滞し始めた。


「アナタ達、そんな話している場合じゃないでしょ」


 業を煮やした里美は、強い口調で持ち場に戻るよう促す。

 紆余曲折あったが、なんとかタイムリミットまでに支度を終わらせることが出来た。

 普段は素っ気ないリビングが、華やかなパーティー色に彩られている。

 壁にはアルファベットで「ハッピーバースデーサヤ」という文字が貼り付けてある。

 後は紗香が帰宅するのを待つだけだ。


「イエーイ完成! まさにチームワークのなせる業ってヤツだね!」

「そうね、やったのはほとんど私だけど……」


 美穂が元気良く宣言する横で、里美が小さく呟く。


「それはそうと美穂、さっきから気になってたんだけどその髪飾りはなんなの?」


 里美が指差したのは、美穂が頭部に着けている花の髪飾りだった。

 花の髪飾りといっても、他にもリボンなどで過剰とも言える装飾が施されている。


「ああこれ? えっへへー、凄いっしょ。今ティーンの間で大人気のブランドの新商品なんだ。結構苦労して手に入れたんだよ」

「でもちょっと派手過ぎない?」


 美穂は得意気にそう自慢するが、里美はあまり同意できなかった。

 派手を通り越してけばけばしい、という言葉が良く似合う。


「チッチッチッ、わかってないなあ。最近はこういうのがはやりなんだよーん」

「そうなんだ……」

「フフン、美穂列車は常に流行の最先端を走ってるんだよー。発車しまーす、ポッポー!」

「……これで良く最先端を走れるわね」


 最先端の割には物真似が蒸気機関車なのはなぜなのだろう、と里美は疑問に思った。

 その時、玄関のほうからドアを開錠する音が聞こえた。

 紗花と水輝が帰って来たのだ。


「来たわよ。皆、用意はいい?」


 里美の言葉を合図に、それぞれがクラッカーを手に取って所定の位置につき、待ち構えた。

 二つの足音が少しずつこちらに近づいて来る。

 そしてドアが開いた瞬間、一斉にクラッカーを鳴らした。


「「「「サプラーイズ! 誕生日おめでとう!」」」」


 ところが紙テープを浴びた人物は紗花ではなかった。かと言って水輝でもない。


「歓迎されるのは嬉しいのだが、俺の誕生日は今日ではないんだ」


 突然、現れた眼鏡をかけた見知らぬ男に、メンバー達は騒然となった。


「……え、誰?」

「この人がサヤサヤの彼氏?」

「でも写真で見た顔と全然違うけど……」


 パニックに陥りかけた寸前、男の後ろからヒョコッと別の人物が出て来た。


「もうなにやってんのよ。そんなことをしたら怖がられちゃうでしょ」


 男女の二人組ということは、少なくとも空き巣の類ではないと悟り、四人はわずかに警戒心を緩めた。


「あの……アナタ達は?」

「あー、どうも初めまして。私達、水輝の友達です」


 その少女――松永愛美は、里美の問いかけにペコリと会釈して答えた。


「サヤ達はどうしたの?」

「いやー、それが……ちょっと言いにくいんですが……」


 愛美は決まり悪そうに頬をポリポリ搔きながら、躊躇いがちに答えた。


「今病院にいます」

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