なんとしても一位になるぞ!

 突然だが俺は中学生の頃まではスポーツが得意で大好きだった。

 自分でやるのはもちろん、他人の試合を観戦するのも楽しかった。

 それがいつからか、あれほど熱中していた気持ちが失くなってしまう。

 だから体育祭で皆が盛り上がっているのを見て、俺はなんとなく冷めた気持ちになっていた。

 周囲の生徒が声援を送る中で、一人だけ気怠そうに頬杖ついているのは、さぞかし印象が悪かっただろう。

 ただ唯一、サヤが出場していた徒競走だけは真面目に見ていた。

 もちろん一位だった。

 観衆の盛り上がりも尋常でなく、サヤがゴールした時は俺も嬉しかった。

 それから借り物競争、障害物競走、パン食い競争、ハードル走、騎馬戦とやって、あっという間に俺が出場する競技の一つである二人三脚の時間になった。


「はぁーだるいよなあ……」

「ホント、なんでこんなことしなきゃいけないんだか」

「体育祭で二人三脚なんていらないだろ」


 選手達は口々に不満の声を漏らす。

 どうやら二人三脚は体育祭の競技でもあまり人気がないようだ。

 明らかに自主的に出場したわけではない人達が顔を並べている。

 このレースで一位を取っても大したポイントにはならないから、無理もないことだ。


「みんなー、頑張って走ってねー!」


 その時、観客席の中からサヤの声がした。

 俺のことを応援したかったのだろうが、名前を言うわけにもいかないので全員と言うことにしたのだろう。


「うおおおおおぉぉぉサヤサヤが応援してくれるなら俺も本気出すぜええええぇぇ!」

「俺もやったろうじゃねえかああああああぁぁ!」

「負けてたまるかああああああぁぁ!」


 それまでやる気のない素振りを見せていた男子達が一斉に雄叫びをあげた。

 自分を応援してくれたと勘違いしたのだろう。なんて単純な連中だ。

 しかしそのやる気が良い方向に向かうとは限らない。いざスタートすると、力み過ぎて全く息が合わずに転倒したり、コースを大きく外れたりする者が続出した。

 結果、棚ぼた的に俺が一着になった。

 結果的にサヤの声援が他のランナーを妨害する形になってしまったのは、なんとも皮肉なことだ。

 



 そして、いよいよリレーの時が近づいてきた。

 俺はアナウンスの案内に従って入場口に向かう。

 現時点ではクラスのポイントはほとんど拮抗していて、どのクラスにも優勝の可能性がある。

 このリレーは加算されるポイントがもっとも高く、


「いよいよ俺達の出番だな水輝」


 隣で共に出番を待つ博之が話しかけてきた。

 この男もリレーに出場するメンバーの一人である。


「ああそうだな」

「なんだか随分と時間の進み具合が早い気がするのだが気のせいか?」

「……ああそうだな」


 だってこれと言って特筆すべき出来事がなかったんだもの。

 強いて言えば借り物競争の時に、やたら選手がサヤの物を借りようとしたことくらいか。

 観戦している間も俺の頭の中にあったのは、このリレーのことだけだ。

 二宮との勝負もあるし、サヤにボウリングチケットをプレゼントしなければならないしで、色々な意味で負けられない闘いだった。


「ついにこの時が来たな」


 などと考えを巡らしていた時、二宮が近づいてきた。

 既に自分が一着になるのを確信しているのか、勝ち誇った顔をしている。


「俺に負ける覚悟は出来たか?」

「なに言ってんだ、覚悟するのはお前のほうだろう」


 いつもならこんな売り言葉に買い言葉なことはしないのだが、相手が相手なので、少しは反撃したほうがいいだろうと判断した。

 都合の良い事に、二俺と宮は同じアンカーだった。

 いや、恐らく向こうが俺に合わせて走る順番を決めたのだろう。


「もう一度訊くが勝っても負けてもこれで勝負するのは最後にしてくれるんだな?」

「もちろんだ。俺はお前と違って約束は守るからな。まあ俺が負けることはあり得んがな」


 そこまで豪語しておいて負けたらどうするつもりだろう。


「なら負けても文句言うなよ」

「フン、減らず口を叩けるのも今の内だ。せいぜい楽しむがいい、俺が一位になるまでな」


 二宮は吐き捨てるように言うと、背中を向けて去っていった。

 二宮のチームを観察してみると、さすがに首位になると豪語しているだけあって陸上部が二人もいる。

 ただ、こちらもクラスで特に運動神経が良いメンバーを集めているので、戦力差はそれほどでもない。

 ちなみに意外かもしれないが、博之はサッカー部に所属している。それもかなり足が速いと評判らしい。

 中にはどの運動部にも所属していない俺が出場することに対して懸念の声もあったが、強引に押し切った。


「ようし博之、なんとしても一位になるぞ!」

「いつになくやる気満々だな。しかしお前の個人的な都合で他人を巻き込むのはどうかと思うぞ」


 博之には事情を説明して協力するよう頼んであるのだが、冷たくあしらわれている。


「頼むから協力してくれ! 一位になったら豪華な賞品が貰えるんだろう」

「悪いが俺はそんな物には興味がない。そもそもこういう学校行事そのものが好きになれんのでな」


 やっぱり性格悪いなコイツ。

 まあ俺もサヤの件がなければ一緒だったから、他人の事は言えないのだが。


「手を抜いたら愛美がブチ切れるぞ」

「……それは少し怖いが……ともかく俺は俺の自由にやらせてもらう」


 もう箸にも棒にもかからないって感じだ。

 ならば最後の手段に出るか。


「じゃあこれでどうだ? お前が協力してくれたら俺とサヤがイチャイチャしているところを好きなだけ見せつけてやる!」

「……その言葉に二言は無いか?」

「ああ、約束する」

「いいだろう協力してやる。大親友が困っているのならば助けるのは当たり前だからな」


 どの口が言うんだ。

 博之は前々から俺とサヤがイチャつくのを観たがっていたから、乗ってくるのはわかっていた。

 サヤに断りなくこんな約束をするのは良くないのだが、状況が状況だし、理解してくれるだろう。



 さて、そろそろ開始の時が来て、ランナーは配置につく。

 ふと観客席の中からサヤの姿を探すと、向こうもこちらをジッと見つめていた。

 目が合った瞬間、その唇が「がんばれ」と動くのがわかり、俺は頷く事で返事をした。 

 始まる前はいまいちモチベーションが低かった俺だが、サヤの声にならない声援を受けて、自分でも意外なくらいやる気が湧いてきた。

 応援の力は恐ろしい。俺も二人三脚の連中を馬鹿には出来んな。

 そういえば大昔の男は戦争で手に入れた戦利品を、好きな女に与えて求愛行動をとったらしい。

 俺は戦士なんて柄ではないが、それくらいの心構えでやったほうがいいかもしれない。




「えーそれでは位置について、よーい……」


 直後、スターターピストルの音が鳴り響き、ランナーが一斉に走り出す。

 試合は俺が予想した通り、僅差で二宮のクラスが首位、次いで俺達のクラスが追従する展開となる。

 やはりというかなんというか、陸上部の二人が突出した走りを見せていた。

 ところがその陸上部に肉薄する者が現れた。博之だった。

 博之の足の速さは評判通り――いや、それ以上に凄かった。

 見る見るうちに、前方を走る陸上部との距離を縮めていく。

 ぶっちゃけ今大会一番の速さと言っても過言ではないかもしれない。動機は物凄く不純だけど。


「あの男子は誰だ?」

「陸上部とほとんど変わらないくらい速いんじゃないか」


 観客席からそんな声がチラホラ聞こえてくる。

 二宮の表情にも次第に焦りが見え始めた。

 アンカーの俺の所までバトンが回ってくる頃には、ほとんど並走状態になるまで追いつていた。

 二宮に一瞬遅れてバトンを受け取った俺は、全速力で駆け出す。

 陸上部には劣るものの、二宮はかなりの俊足で、観客席からは彼のクラスの声援が大きくなる。

 ここ数日、密かに走る練習をしていたが、やはり二年のブランクは大きい。

 こんなに本気で走ったのは陸上部を辞めて以来だ。

 俺はなんとか引き離されないよう、必死に食い下がった。文字通り死に物狂いで走った。

 デッドヒートとはこういう状況のことを言うのだろう。

 しかし残り三十メートルほどになると、その均衡が崩れて片方が頭一つ抜け出した。

 そしてゴールテープを切ったのは俺のほうだった。

 二宮は確かに速かったが、それ以上の速さで俺が追い抜いたのだ。

 彼はなにが起こったかわからず茫然自失で息を切らしている。

 ゴールした途端、観客席――特に俺のクラスのほうから大きな歓声が上がる。

 中でも一番大きな声で叫んでいたのは愛美だった。

 いつもはクールな性格な彼女が、優勝が決まったことで喜びを爆発させている。

 喜び過ぎて、ちょっとここでは言えないような汚い言葉を連呼して、教師に注意されている。

 俺はそんな愛美を無視して、サヤがいる方向に視線を向けた。

 サヤも愛美に負けず劣らず喜んでいる。汚い言葉は吐いていないが。

 俺は本人にしか伝わらないように、小さくサムズアップした。

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大人気アイドルグループの推しが、子供の頃に結婚を約束した幼馴染だった 末比呂津 @suehiro

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