第十六話 虎視/尻馬

 古来より。人間には、生まれた日を祝う風習があるとか無いとか。


 けれど、およそ真っ当ではない人生を送ってきた私には、まるで縁の無い話だった。かろうじて自分の生まれた日くらいは覚えているが、そこに特別感を覚えたことは無い。確か一か月後とかが誕生日だった気がするが、さして待ち遠しいわけでもない。


 『誕生日』という名の平日を過ごす。ただのキリが良い節目。この十七年間、私はハッピーバースデイを口にしたことも、されたことも、ただの一度だって無かった。


 ──が、しかし。どうやらこの家では、私のその当たり前が、当たり前ではないらしい。


「ねぇ、ケイちゃん? レイの誕生日プレゼント、もう用意した?」


 とある日の早朝。ようやく慣れてきた挨拶を交えてリビングを訪れると、母は朝食の用意をしながら、そんなことを尋ねてきた。


「たん、じょうび」

「そう、誕生日! いやあ、早いものでレイちゃんの誕生日パーティーまであと一週間じゃない? それで何あげようかなーって考えてるんだけど、これがなかなか思いつかなくてねぇ」

「な、なるほど」


 さも知ってて当然な風に言われているが、初耳の私である。


「で、どう? ケイちゃんはもう何あげてるか、決めてる?」

「あ、いやぁ、それはまだ……」


 頭の後ろに手を当て、乾いた笑いを返す。最近は愛想笑いもできるようになってきた。


「そっかぁ。意外と難しいわよねぇ、プレゼント選びって。何が欲しいか直接聞くのもいいかもだけど、サプライズっていうのも捨てがたいっていうか」


 顎に手をあて、うーむ、と首を捻る母。レイの生を真剣に祝おうという意思が、その一挙手一投足から細かに感じ取れる。


「サプライズ、か」


 言葉の新鮮さを噛みしめるように呟き、ソファに腰を下ろす。


 誕生日プレゼントに、誕生日パーティに、サプライズときた。慣れない言葉ばかりで、咀嚼に少し時間がかかる。考えに考え、その意味を味わいながら、ゆっくりと飲み込んでいく。


 そして、ようやっと腑に落ちた時。私の心に芽生えたのは『恩返しをしたい』という、なんともありきたりな想いだった。


 言葉そのままに捉えるなら、プレゼントは人に与えるもの。本来、返すという感覚は間違いなんだろう。


 けれどやはり、何度考えてみても、私は何かを返したかった。たくさんのものをくれた彼女に、少しでも恩を返したいのだ。


 退屈な夜に、毎日『おやすみ』をくれる妹に。

 陽だまりのような、優しい笑顔をくれる妹に。


 私にたくさんのものをくれた彼女に、心から『ありがとう』を伝えたい。


 ──ああ、そうか。


「誕生日って、日頃の感謝を伝えるためにあるんだ」


 些細な気づきの折、庭先のスイートピーに目を移す。

 生まれたての風に包まれるように、花弁が小さく揺れていた。

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