第十七話 迫音/平穏

 日に日に少女Xへの信頼を増すばかりの私は、とりあえず彼女のアドバイスを実行してみることにした。具体的に言うと、聞き取り調査だ。外に出て人と話すのは正直  まだ抵抗があるけれど、レイのためだと思えば苦じゃなかった。


 あの子のためなら、私はなんだってできるんだから。


「ん? レイちゃんが何を欲しがってるか? うーん、あの子ったら最近『おねぇちゃんおねぇちゃん』って言ってるばかりで、何を欲しいとか言わないからねぇ」

 まず、母親。

「はっはっは! ケイがあげるものだったら、レイはなんでも喜ぶさ!!」

 次に、父親。

「うげっ!? レ、レイの姉ちゃん!?」

 小太り。

「お、俺たち、もうイジメなんてやってないよ!?」

 メガネ。

「いや、二人とも落ち着きなって。お姉さん、レイちゃんが何を欲しがってるか聞いてるだけじゃん。うーん、でもそうだなぁ。レイちゃん、お姉さんのこと以外あんまり話さないから、僕たちもよく分かんないかなぁ」

 小柄の子。

「あらアンタ、レイちゃんのお姉さんかい! よく似てるわねぇ!」

 隣のおばさん。

「あの子はなぁ、ワシに会ったらいつもペコリと挨拶してくれる良い子でなぁ」

 向かいのお爺さん。

「ああ、あの子! いっつもお母さんと仲良さそうにお買い物してますよね!」

 我が家御用達のショップの店員。

「ああ、レイちゃん!」

 エトセトラ、

「おお、レイちゃんのお姉ちゃんか!!」

 エトセトラ。


 気づけば。私は目的も忘れて、小さな町を歩きまわっていた。


 レイは思いのほか近隣住民から認知されていたようで、私を見るたびに呼び止める人物が多かった。どうやらレイが「おねぇちゃんおねぇちゃん」と、町の人と会うたびに私の話題を出していたらしい。偶然容姿が似ているのもあってか、とにかく声を掛けられた。レイの言う「寂しかった」は、友達が居なくて寂しかったという意味だったのだろう。まるでレイちゃんフィーバーかと言わんばかりに、おじ様おば様方からは大人気だった。罪な妹である。


 それもあってか私は、途中から聞き取り調査そっちのけで、近隣住民とレイについて語り合っていた。正直、聞き取り調査なんて両親と悪ガキ三人で十分だった。


 今日は『私以外の目から見たレイ』というのが想像以上に新鮮で、思わず住民の話に聞き入ってしまった。私が知らないレイの一面をたくさん知ることができたので、非常に満足だ。


 まあ、彼らからしてみれば初対面で急に妹の話ばかりしてくる真性のシスコンにしか見えなかっただろうけど、そんなことはどうでもいい。他の誰からどう思われようと、レイさえ居れば私は生きていける。というかコミュニケーション自体に慣れてないんだから、多少距離感を間違えるのくらい許してほしい。


「でも。そんなに、悪くなかったかな」


 就寝直前。全身をベッドに委ねつつ、おそらく人生で一番日に当たっていたであろう一日を振り返る。


 今でも部屋から出るのは面倒で。外に出るのだって、私にとってはまだまだ勇気が必要だ。もちろん今日だって、その例外じゃなかった。

 でも、大切な人が出来て。その人に会いたいから、私は今日も部屋を出た。

 そして。その人をもっと知りたいから、私は今日、外に出た。


 少しずつ、景色が色づいて。

 色づいた視界が、だんだんと広がっていく。

 一人の家族を想う。たったそれだけで、ワンルームだった私のセカイはこんなにも大きくなった。


「おやすみ! おねぇちゃん!!」

「うん、また明日ね」


 今日も彼女と挨拶を交わし、夜は闇を深めていく。

 応じて意識も闇に染まっていく中で。私は、瞳を閉じて思考する。

 まだ、出会いを幸福だとは思えない。

 でも、その出会いのおかげで、大切な誰かをもっと知ることができたなら。

 それはとても幸福なことなんじゃないか、と。


「──オヤスミ」

 

 何か大事なことを忘れている気がしつつも。

 まどろみの中で、私は思った。

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