第十八話 末端/根幹

 ついに迎えた、誕生日当日。珍しく休日の早起きに成功した私は、レイと共に都市の中心部を訪れていた。


 目的は至極単純。レイと一緒に誕生日プレゼントを買うためだ。柄にもなくサプライズなんて考えていたけれど、それはやっぱりやめにした。無理して慣れないことをするよりも、レイが欲しいものを直接聞いて、直接買ってあげる方がきっと良い。少女Xも一番大事なのは気持ちだと言っていた。変に奇をてらわず、今日はまっすぐに私の想いを伝えよう。


 そして。二人で歩いた一日が思い出となって、日記のページに残るなら。それもまた、誕生日プレゼントになってくれるんじゃないか、なんて。少しロマンチックなことを考えていたりもする。


「わぁ、すごいすごい! 人がいっぱい! おっきな建物もいっぱい!」

「ふふ、そうだね。すごいね」


 二人並んで、騒がしい街路を歩く。少し雲が多いのは気になるが、天気は晴れの範疇。今日を祝うように、陽はさんさんと輝いている。空気を読めるお天道様のようで何よりだ。


「うわぁ……! すごいなぁ……!」


 一方、レイは都会の景色を見るのが初めてらしく、目に映る何もかもが新鮮に見えているようだ。さっきから小さな頭がピョコピョコと、上下左右を行ったり来たりしている。しかし市街地に来るのが初めて、というのは少し意外だ。よほど箱入りに育てられたのだろうか。


 背丈を競うように並ぶ、超高層ビル群。進化を遂げて車輪いらずになった自動車は、プカプカ浮かんで車道を滑空。完全オート運転で、今日も街を往来している。休日ということもあって、いささか車の数は多い。しかし、特段驚くような景色でもなかった。


 それでもレイにとっては、一つ一つが心躍るモノに見えているようだ。好奇心が身体にしっかりと根を張っているようで、大変よろしいと思う。願わくば今後とも、その純朴さが枯れないように育ってほしいものだ。


 ……その心は、きっと。私がいつの日か、失ってしまったものだから。


「ねぇねぇ、おねぇちゃんおねぇちゃん! あの一番おっきい建物はなぁに?」

「ん? ああ、アレは……」


 澄んだ瞳をさらに光らせて、レイが私に問いかける。思考に耽っていたため、反応がワンテンポ遅れてしまった。


 ……いけない、いけない。今日はレイの誕生日。余計な考え事はナシにしないと。


 余念を振り払うように頭を軽く左右に揺らす。思考をクリアにした後、私はレイが指差す方向へ視線を向けた。


「えっと、あの建物は──」


 と。すぐに妹の質問に答えようとした私ではあったが、それは叶わなかった。


「? おねぇちゃん?」


 ……なに。アレ。


 唖然として、立ち尽くす。数キロメートル先にあるであろうソレは、およそ私が知っている建造物ではなかった。


 高く、高く。遥か彼方、天へ向かうようにそびえ立つ赤色の鉄塔。てっぺんは完全に雲に隠れており、周囲のビル群を圧倒するような存在感を放っている。


 まるで、世界が地面から剥がれないように打ち込まれた、楔のようだった。


「……ごめんね、レイ。ちょっと私にも分かんないかも」


 逃げるように目を逸らし、妹と視線を合わせる。


 分からない。今はそう答える他無かった。

 だって、あんなの知らない。あんなの、元の世界には無かった。元々存在しないものなんだから、私が知っているはずもない。


 ──そして、何より。アレが何なのか、誰も知ってはならないような気がする。


 理由は分からない。けれど本能が、そう告げていた。


「そっかぁ。おねぇちゃんでもわからないんだ」

「う、うん。ごめんね」

「いいや、ぜんぜんだいじょうぶだよ! だって、しかたないもんね! むつかしいことって、いっぱいあるもんね!!」

「ふふ、そうだね。ありがとう」


 いつもと同じ元気いっぱいの笑顔に癒されつつ、言いようのない不安を払拭する。

 とにかく今日は、せいいっぱい妹を祝うことだけ考えよう。自分に言い聞かせながら、私たちは再び歩みを進めた。

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