第十九話 寸前/幻永

 レイと共にやってきたのは、つい最近できたばかりだという大型ショッピングモールだった。外のことには疎いので色々と調べた結果、プレゼント選びには一番無難ではないかと判断した次第だ。やはりショッピングは複合型の大きい施設に限る。大体の物は売ってるだろうし。まあ、普段は通信販売しか利用しない私ではあるのだけれど。


「どう、レイ? どこか行きたいお店とかある?」


 建物一階、大型スクリーンに表示された店内マップを眺めつつ。少し声を張りながらレイに問いかける。どこもかしこも人でごった返しているため、なかなか声が通らない。恐るべしや、オープン直後の休日。


「うーん。わたし、とりあえずおねぇちゃんと色んなところを歩いて回りたいかも」

「? 歩く? なんで?」


 注釈。別に私が歩きたくないわけではない。この施設、何やら最新テクノロジーを導入してるとかなんとかで、移動用カプセルに入れば目的地までバビュンと瞬間移動できるらしい。ので、これは『疲れるし別に歩かなくてもよくない?』という姉の気遣いである。


「えっと、ね? お外をおねぇちゃんと一緒に歩くのって、はじめてで。歩いてるだけなんだけど、なんだかとってもたのしくて。だから、もっと歩きたいなぁって……ダメ?」

「ぜっ、全然ダメじゃないよ?」


 急に上目遣いやめなさい。かわいいから。


「ふふ、うれしいなぁ、ふふふ……!」


 またもや私を見つめて、ニッコリと笑うレイ。いつも明るい妹ではあるが、今日はいつにも増して上機嫌に見える。誕生日効果だろうか。


 なんて、推察を立ててみたものの。


「わたしね、おねぇちゃんがお外に出てくれて、とってもうれしいんだぁ」


 どうもそれは、見当違いらしかった。


「おねぇちゃん、最近はおうちの中であんまりむつかしい顔をしなくなったから。町のみんなとも、お話してくれるようになったから。今日みたいに、わたしが一人じゃいけないところに連れて行ってくれるようになったから。なんでかは分からないけど、それがとってもうれしくて、心がぽかぽかあったかくて。おねぇちゃんはもう、さみしくないんだなぁって……それだけで、なんだか胸がいっぱいになっちゃうの」


 両の手を胸に当てて、レイは柔和に微笑んだ。


 自分の誕生日なんて関係ない。ただ、姉の変化が嬉しいんだ、と。曇りのない瞳で、彼女はそう言い切っていた。


「もうっ、レイのバカ」

「っ!? お、おねぇちゃん!? なんで急にだきつくの!? 苦しいよぉ!!」


 失いたくない。もう離したくない。本当の姉妹ではないと分かった上で、それでも私は願いながら、無心で妹を抱きしめる。


 何をあげれば、私はこの子に全ての恩を返せるのだろう。

 どうすれば、私はこの子を満たしてあげられるのだろう。


 いつもいつも、私は貰ってばかり。部屋の扉を開けられたのもレイのおかげ。外に出られたのもレイのおかげ。遠くまで歩けるようになったのもレイのおかげ。


 たったひとり、大切な家族のために。妹を喜ばせるためだけに生きるようになった。けれど気づけば、私は大きく変わっていた。私自身も、そして私をとりまく環境も。何もかもが、彼女のおかげでガラリと変わってしまった。


「ありがとう。ありがとう……」


 小さな温度を感じつつ、心からの声を伝える。言葉なんかじゃ足りないくらいに感謝しているけれど、だからこそ、何度だって言葉にしたかった。


 そして──


「──誕生日おめでとう、レイ」


 今、この瞬間。彼女が生まれてきてくれたことに、最大限の祝福を。

 どうかこの先も、彼女の生が笑顔で溢れますように。


「えへへっ! ありがとう、おねぇちゃん!!」


 そっと手を繋ぎながら。私はささやかに、そう祈った。

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