第二十話 断裂/達成
その後、私たちは大層な目的もなく、だだっ広い施設を歩き回ることとなった。
「うわぁ、すごい! おもちゃがいっぱい!!」
「こらレイ、そんなに走らないの」
ホビーショップ。ペンダントをブンブン揺らしながら走り回るものだから、とてもヒヤヒヤした。
「おねぇちゃんおねぇちゃん! このベッドすっごくフカフカだよ!!」
「ちょ、レイ! あんまり飛び跳ねないの! それ商品だから!!」
家具および家電量販店。トランポリンよろしく飛び跳ねるものだから、ベッドを破壊するんじゃないかとヒヤヒヤした。
「おねぇひゃん、これとってもおいひい」
「こら、口に入れたまま喋らないの」
流行りのカフェ。レイの口が終始プックリと膨らんでいた。ちょっとかわい過ぎたので脳内メモリにしっかりとリス顔を保存した。
「うう、おねぇちゃん……! 会いたかったよぉ……!」
「はぁ、はぁ。だ、だから走らないでって言ったのに……すいません、ご迷惑おかけしました……」
迷子センター。縦横無尽に走り回るレイを見失い、血眼で施設中を探し回った。多分、これまでの人生で一番焦った。瞬間移動カプセル使いまくった。ありがとう最新技術。
と、いった具合に。とにかく目についたものに飛びつくレイに半ば振り回される形で、私は彼女と一日を共にした。肝心のプレゼントに関しては、意外や意外。レイはおもちゃやぬいぐるみを欲しがるのではなく、最新鋭のカメラを所望してきた。曰く、「日記だけじゃなくてキレイな写真も残したい」とのこと。なかなかのお値段ではあったが、親バカの父母から臨時収入を得ていたため、少しフンパツして購入した。
なお、手渡すのは家に着いてからだ。今夜は誕生日パーティー。いつもより豪勢な料理とケーキを食べながら、両親と一緒にプレゼントを渡す算段になっている。さすがに私だけフライングするわけにはいかないだろう。
「スゥー……スゥー……」
夕焼け小焼けの帰り道。歩き疲れて夢の中に旅立ってしまった少女を背負いつつ、我が家を目指して歩みを進める。
「ふふ、気持ちよさそうに寝ちゃって」
正直なところ、私も相当に疲れ切っている。多少部屋から出るようになったとはいえ、私の基本ステータスは引きこもりだ。体力なんてあるわけもなし、ましてや幼女一人背負って歩くなんて、オーバーワークも良いところ。
「よいしょっと」
大事な妹が背中からズリ落ちないように、時折体勢を整えながら歩みを進める。日中より人通りが少ない分歩きやすいが、貧弱な足腰は既に限界。軋むような痛みを感じながら、のそのそと前進していく。
「はぁ……はぁ……」
当然、息も切れる。しかし不思議と、悪くない感覚だった。痛いはずなのに心地よく、しんどいはずなのに妙な達成感さえある。
痛いのも、辛いのも嫌いで。だからこそ痛みから逃げるために、随分と長い間引きこもってきた私。しかしこの瞬間、私は生まれて初めて自分の痛みを受け入れていた。
「生きるって、こういうことなのかな」
何の根拠もないが、そんな気がした。
自分だけの痛みはしんどいけれど、誰かのために負う痛みなら耐えられる。誰かのために努力した結果なら、ただの疲労も達成感に変わってくれる。
誰かのために何かを頑張ったら、マイナスだったものもプラスに見える。そういう気持ちになれることが、生きてるってことなんじゃないか、と。疲労でぼんやりしつつも、私は思った。
「ふぅ、あと少し……」
ようやっと、我が家の光を視界の端に捉える。今朝はあっという間に市街地に着いた気がしたのに、帰りは随分と長く感じた。徒歩にしては少し距離があったのだろう。朝はレイと歩くのが楽しくて、時間がすぐ過ぎただけに違いない。
もはや住み慣れた小さな町の中を、一歩、また一歩と進んでいく。
やがてゴールへと辿り着いたのち、一呼吸置いた私は、ここ数日の軌跡を振り返ってみた。
【ねぇ、ケイちゃん? レイの誕生日プレゼント、もう用意した?】
プレゼント、よし。
【まあ、でもアレです。こういうのって結局、気持ちが大事ですから。迷ったら最後は、ケイ自身の気持ちを最優先にしてください】
気持ち、十分。
そんな私の『ハッピーバースデー計画』を思い返して、最後。
一つ大事なことに気づいた私は、きっと笑いながら、戸を開けていた。
「ただいま」
──その日。私は初めて、自分で何かをやりとげた。
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