第三話 機械/人間
スイー、スイー、と。滑るように空中を進むエージェントを横目に捉えつつ、数年ぶりに街中を歩く。こんなトンチキAIを連れていれば少しは注目を浴びそうなものだが、意外にも周囲の目を集めていない私であった。
「しかし意外なものですね、ケイ。こうして街並みを眺めるのも、随分と久しぶりなのでしょう? だのにアナタ、ピクリとも心が動いている様子が無いじゃありませんか。人間ならもっと感受性豊かでいるべきなのでは? 例えばそう、僕のように」
「余計なお世話よ。大体、アンタはアンタでテンション高すぎなんじゃないの? AIならもっと機械的でいるべきじゃなくて?」
「はっはっは、皮肉なものですねぇ。AI《ボク》の方が
小柄なボディを縦に揺らし、「はっはっは」と笑っている風の音声を出すエージェント。単純な機械のくせによくもまあ、ここまで感情表現が出来るものだ。
取るに足らぬ会話を交えつつ、さらに歩みを進める。その折、なんとなしに街並みを見回してはみるが、やはり私の心を揺らすモノは見当たらなかった。
世界がひっくりかえったとは言え、高層ビルが逆立ちしたり、人々が後ろ歩きをするようになったわけではない。部屋から眺めていた風景となんら変わりはないのだから、コレと言って騒ぎ立てるようなことも無かった。まあ、見覚えの無いバカデカい塔が街外れの方に見えるのは気になるけど……それ以外は、特に変わった様子も見当たらない。いつもどおりの、二十九世紀の街並みだ。
ただ、強いて私なりの所感を上げるとしたら。この世界は、少し眩しすぎるような気もする。
久しく街の光を浴びていなかったから目が慣れない、というのももちろんある。しかしそれ以上に、街の営みが眩しく見えた。
「ねぇ、ママ! だっこ! だっこして!!」
「ふふふ。もうっ、甘えん坊なんだから」
──思うままに、笑い合う家族が。
「やっばい、遅刻遅刻! ほら、急がないと間に合わないぞ!!」
「ちょ、待ちなさいってば! 大体、遅れそうになってるのは寝坊したユウキのせいじゃないっ!!」
──栄えある未来に駆けだすように、友人たちと登校している学生たちが。
ただひたすらに美しく、眩しく見えた。
……うん。やっぱり。ここは、私が知っている世界なんかじゃない。
「さてさて。そこそこ歩きましたし、長年の引きこもり生活で足がナマっていたであろうアナタのリハビリもそろそろ済んだことでしょう。ここらで僕たちが果たすべきミッションについてお話させていただきます。ええ。白状しますと、連れ出しただけで満足したもので、任務の説明をすっかり忘れていました。今思い出しました。いやぁ、失敬失敬テヘペロリ」
一方的にまくし立てつつ、申し訳なさの欠片も無く謝罪するエージェント。コイツ、自分で高性能AIとか言っていたが、本当はポンコツなんじゃなかろうか。
「いいえ。僕はポンコツなんかじゃありませんよ? 具体的に言うと街一つ滅ぼせるくらいには高性能です」
「勝手に心読むなっての。いいからさっさと本題に入りなさいよ」
「イエース、委細承知。早急に遂行します」
声のトーンを一つ落としてから言うと、エージェントは淡々と説明を始めた。
「最初にも申し上げたように僕たちの任務は、ひっくり返った世界を元に戻すこと。すなわち、世界の『再反転』です。そして再反転を成し遂げるためには、とある条件を満たす必要があるのです」
「条件……具体的には、どういう?」
「そうですね。一言で済ませると、『カギを二つ作ること』です。まあ他にも条件は色々ありますが、とりあえずカギさえ完成すればこっちのもんなんですよ。今はそれだけ覚えておいてもらえばよろしいかと」
「カギ……ね」
エージェントが提示した条件は至って単純で。しかし単純ゆえに、イマイチ要領を得ないのも事実だった。
──そもそもカギとは一体なんなのか?
──なぜカギが完成すれば、世界が元に戻るのか?
イマイチ具体性が無く、疑問は絶えない。
……まあ、でも。
「分かったわ。で、私は何をすればいいの?」
面倒だし、細かいコトを考えるのはやめにしよう。私が深く考えなくたって、エージェントがどうにかしてくれるんだろし。
今は黙って、コイツの指示だけ聞いておけばいい。
「ほう、意外と積極的ですね。しかし、その意気や良し。では、早速一つ目のカギ作りを手伝ってもらうとしましょう!!」
なんて、またもや陽気に言うと。エージェントはキラリと眼光を強めつつ、
「えー、一つ目のカギを作るには家族愛が必要です。なのでケイにはこれから、とある家族の一員になってもらいます。アナタの役割は姉です。彼らと共にありふれた生活をしてください」
「…………は?」
と。抱いて然るべき困惑を浮かべる私なんて、おかまいなしと言わんばかりに。
「──世界の命運はあなたがいかに、おねぇちゃんとなれるかにかかっているのです!!」
大真面目に、フザけたことをぬかしていた。
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