第十五話 相反/相似
翌日、私は謎の預言者、もとい少女Xから得た気づきを元に、「日記をつけてみたら?」とレイに持ち掛けてみた。子供でも簡単に使える日記アプリくらいはあるだろうし、なんなら手書きでもいい。とにかく毎日を記録することを、やんわりと勧めてみた。
が、どうもレイは日記自体が何なのかをあまり分かっていなかったらしい。ので「その日あったことを書いておくことだよ」と簡単に伝えると、今度は「わたし、文字はむつかしくてよくわかんない」と返されてしまった。
どうしたものか。一時は困り果て、黙り込んでしまった私。けれど、レイはすぐに何かを閃いたようで、次は「文字じゃなくてもいい?」と私に問いかけてきた。
とりあえず記録を残せればなんでもいい。「後で自分が分かるなら文字じゃなくてもいいよ」と答えると、レイは嬉しそうに「わかった!」と、大層ご満悦な様子だった。個人的には絵日記をつけ始めたんじゃないかと予想している。
以来、レイは以前よりも毎日を楽しく過ごしているように見える。少しずつ分かることも増えてきたようで、それに応じて笑顔も増えてきた。レイが笑うと、私も嬉しい。お互いハッピー、まさにウィンウィンだ。
レイに限らず、私の生活も少しだけ変わった。具体的に言うと、朝の習慣が増えた。今までは完全スルーだった少女Xからの連絡に応じるようになったのだ。たった数分ほどではあるが、知識も知恵も豊富な彼女と話すのは、やっぱり楽しい。レイと同様に私もまた、新たな知に心を躍らせる日々だ。もっとも。まだ学校に行くとまでは、いかないんだけど。
そんな最近の日々に思いを馳せつつ、自室からぼんやりと外を見やる。
「ほら、レイ! はやく行くぞ!!」
「急がないと、置いてっちゃうぞ~!」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ! 置いてかないでよぉ!」
「こらこら、二人とも。ちょっとくらい待ってあげなって」
休日の昼下がり。元気に街を駆け回る、四人の幼い少年少女。
小太り、眼鏡、小柄な男の子。そして一人の、可愛い女の子。
いつのまにか、レイは彼らと友達になっていたようだ。元傍観者の少年が言っていた「レイがかわいいからちょっかいをかけている」というのは、まったく本当だったのだろう。私が何をせずとも、イジメは瞬く間に無くなっていった。やはり子供は、良くも悪くも素直で単純だ。
きっとレイは、これからもっと、たくさんの友達を作るのだろう。いつかは普通に恋をして、誰かと愛し合って。もしかしたら案外、早く家庭を築いたりするのかもしれない。この優しい世界に居ると、そういう凡庸で幸福な未来を、ついつい想像してしまう。
だったら、私は。この世界を、もう一度『悪』に戻す必要があるのだろうか?
最初は別に、どっちでも良かった。でも今は違う。私はもう言い訳が出来ないくらいに、この裏返った世界と関わってしまった。
ゆえに私は、思考する。暖かな出会いをくれた、この楽園のような世界を。わざわざまた、あの地獄のような世界に戻す必要がどこにあるのだろうか? と。
「このままじゃ、ダメなのかな」
ふとした疑問の折。三人の少年と駆け出して、みるみる小さくなってゆくレイの背中を見つめる。
また帰って来ると分かっていても。なぜか無性に、胸が空くような寂しさを覚えた。
「おねぇちゃーん! 行ってくるねー!!」
まるで、そんな私の心を察知したように。レイが振り向いて、遠くからこちらを見つめる。大きな声を出すのが苦手な私は思いっきり手を振って、彼女の呼びかけに応えた。
「ふふ。なーんだ、似てると思ってたけど、全然違うじゃない」
ああ、そうだ。見た目が小さい頃の私と似ていて、寂しがり屋で。最近は本当の姉妹みたいに思っていたけど、やっぱりレイは私と違う。
だって彼女は、自分の足で外に飛び出していける。
どこまでもどこまでも、自分の力で走っていくことができる。
なのに、私と似てる、だなんて。失礼にも程があるじゃないか。
「みんな、すごいなぁ」
レイ、少女X。私がよく知る未反転の彼女たちは、思うままに今を生きている。飾らない、揺らがない自分を持っている。改めて彼女たちを見ていると、どうして私が反転していないのか余計に分からなくなってきた。
「いつか私も、あの子たちみたいになれるかな」
願うように呟き、いつものように空を見上げる。
今日は少しだけ、青より曇が多かった。
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