第十四話 憂慮/憧憬
なんとも軽快な声色で、少女X(?)は私に応対する。
『あー、うん。でもそれ、なんかカッコよくて良いわね。その名前貰ったわ。えー、コホン。アタ……私は、少女Xです。アナタの救世主となる、神の御声と思いなさい』
「いや、何言ってるの。アナタ、毎日しつこく私に【学校に来い】ってメッセージ残してる女の子でしょ?」
『……さあ、知らない人ですね?』
この子、さては誤魔化そうとしているな。
「ていうか、コレどういう状況なの? なんで私、アナタと会話できてるの?」
『あー、それはアレです。何回連絡しても反応が無いもんだから、ついイラっときてアンタの端末をハッキングして……と、いうわけじゃなくて、ですね。アナタがお困りのようだったので、神から天啓を受けて助言に参ったのです』
「……そ、そうなんだ」
もう少し上手な建前もあろうに。この子は本当に誤魔化す気があるんだろうか。
でも……今は、彼女が作った胡散臭い設定に乗っかっておく方が都合が良いかもしれない。どうしてしつこく私に学校に来るよう迫っているかは気になるが、詮索するのはやめておこう。ずっと無視してた私からアレコレ聞かれたって、彼女の気分を害するに違いない。
謎の預言者と、迷える少女。初対面の、赤の他人。今はそういう関係にしておいた方が、何かと楽だ。
「はぁ。で、助言って何なの?」
『コラそこ。明らかにめんどくさそうな溜息を出すんじゃありません』
「え。だって、めんどくさ、」
『直接言えば良いってワケでもないですからね?』
「……」
コレは私が会話下手なんだろうか。それとも預言者が面倒な性格をしているだけなんだろうか。うん、まあ多分両方なんだろう。
『思うに、アナタは幼い子供の忘れっぽいトコロをなんとかしたいのでしょう?』
「え? まあ、そうだけど」
『ふむふむ、なるほど。で、小さな子供でも簡単に記憶力を向上させる方法を調べていた、と』
「そ、そうだけど?」
『なるほどなるほど、合点承知の助です』
言って彼女はコホンと咳払いをすると、
『うん、やっぱりアナタは調べものがヘタクソですね』
遠慮なしに、私の否定を始めていた。
『何も闇雲にデバイスに語り掛けたって、理想の答えが返ってくることはありません。便利な技術を使うためには、それなりに知恵が必要なのです。目的解決の漠然とした策くらいは、調べる前にあらかじめ考えるべきでしょう。いいですか? 調べものとは、その解決策を現実にする手段を見つけるために行うのです』
「は、はぁ」
『そして! 今回の場合、アナタは解決策を間違えています。だから手段が上手く見つからない』
「? 解決策を、間違えてる……?」
およそ予測しうる返答ではなく、ついついオウム返しになる。
だって、そうだ。彼女に従うなら、
目的:レイの忘れっぽい体質の改善
解決策:レイの記憶力向上
というのが、私の考えだ。だから私はウンウン唸りながら、記憶力向上を現実にする手段を模索して。それが見つからなかったから、大いに悩んでいた。
忘れてしまう。だから、忘れないように記憶力をつける。一体その解決策のどこに間違いがあるというのか。
『まあ、ドミノ倒しみたいなもんですよ。前にある〈解決策〉を上手に倒さないと、後ろの〈手段〉も倒れてくれないってワケ。まっ、アナタに分からないのは仕方ないことかもしれませんね? どうやら、何年も勉強を疎かにしているようですし?』
「うっ……」
イヤミな言い口に、思わずムッとする。が、事実でしかないので、何も言い返せなかった。ぐうの音も出ないとはまさにこのことか。
『ええ。ですので、今回はトクベツにヒントをあげちゃいます。いぇーい、ぱちぱちぱち』
口で効果音を鳴らしつつ、預言者が陽気に言う。
「ヒ、ヒント?」
『イエス、実に単純なヒントです。ズバリ! アナタの間違いは〈覚えたものを忘れないようにする〉という考えそのものでしょう!』
「そ、それはどういう……」
『どういうも何も、簡単な話です。確かに、忘れっぽいというのは直したい部分ではあるでしょう。しかし人間である以上、〈忘れない〉なんてことは不可能です。むしろ私たちは、忘れるからこそ生きていける。だって、そうでしょう? 痛いのがずっと痛いままだったら、心なんて、すぐ死ぬに決まっている』
さきほどまでの陽気が鳴りを潜め、預言者は淡々と語り続ける。
『忘却は悪じゃない。むしろ人間の特権だ。だから別に、忘れてもいい。忘れたって、何度も思い出せばいいんです。忘れて、思い出して。それでもまた忘れて、思い出して──それを何度も繰り返していれば、自然と〈覚えていたいもの〉が頭に刻まれていく。記憶とは、そうやって出来上がるものなのです』
そうしてひとしきり語ると、彼女は最後。
『つまり。〈忘れっぽさの改善〉という目的のためにアナタが取るべき策は、〈忘れないようにすること〉じゃない。〈思い出せるようにすること〉なんですよ。きっと、ね?』
優しく、穏やかな声色で。私の間違いを指摘してくれた。
「ずっと覚えていなくてもいい。思い出せるようにする……」
『ええ、その通り。そして便利なことに、昨今は物事を記録する媒体がそれはもう、ごまんとあります。どんなに忘れっぽくても、忘れかけていたものを思い出せるトリガーとなる記録さえ手元にあれば……あとは、分かりますね?』
──ああ、そうか。
「その日起きたことを、毎日記録すればいい」
それは笑ってしまいそうなほどに、単純な結論だった。
記録があれば、いつでも過去を呼び起こせる。何度も呼び起こしていれば、やがてカタチをとって、自分なりの記憶になっていく。
ほんとうに、簡単なこと。人間であれば、当たり前のこと。
だって、そうだ。私たちは、歴史という記録を繋いで生きてきたんじゃないか。
過去を今に受け継いで。
今を未来に託して。
『記録を残す』という知性があるから、人類は発展を遂げてきた。過去を学べるから、止まらず進化を続けられた。今も人間はそんなに好きじゃないけれど、その点だけは称賛に値する。
だったら、ソレを使わない手は無い。ただ一言、レイに「日記をつけてみよう」と言えばいいのだ。いくら忘れっぽいレイでも、それくらいなら毎日できるだろう。毎夜忘れず、私に「おやすみ」を言ってくれる子なんだ。日記くらい、ワケないはずだ。
『よかった。少しヒントを与え過ぎた気もしますが、答えが出たみたいで何より。どうです? 分からなかったことが分かるようになるのって、すごく気持ちいいでしょ?』
「ふふ、そうね。ちょっと今までに無かった感覚かも」
『おお、それはそれは。じゃあ、もっと勉強したい気になっちゃったりしません? なりますよね? そこで、そんなアナタに朗報です。実は学ぶのにとっておきの場所があるんですけど、ご存じですか? ガッコウって言うんですけど』
「……え?」
まさか、この子。
「もしかして、元々は私を学校に誘うのが目的で──?」
『……』
刹那、少々の沈黙。
『……オ、オオット、イケナーイ。そろそろ昼休みが終わ……別の悩める少年少女の元に向かわなきゃー。というわけで、今回のお悩み相談コーナーはここまで。また次回の放送でお会いしましょう! それじゃあ、まったねー!』
慌てたように言うと、少女Xは一方的に繋いできた通話をブチリと切断。
気づけば私の部屋は、いつも通りの静寂に戻ってしまった。
「な、なんか、とんでもなかったな……」
急にドっと疲れて、再びベッドに身体を預ける。
とにかく、強烈だった。そういえばあの子、確か私の端末にハッキングをかけたとか言ってなかったか。いくら私が無視を続けてたからといって、さすがにやりすぎじゃないだろうか。ていうか、強制的に通話を繋ぐってどうやってるんだ。怖いけど、普通にめちゃくちゃすごくないか。なんだかんだ一言一句に説得力あったし、実は少女Xってとんでもなく優秀なんじゃ……?
「あはは。でも、」
あの子との会話は、疲れたけど嫌いじゃなかった。デバイス越しの会話だったし、明確な根拠はないけど……彼女の言葉は、どれも嘘偽りが無い気がして、なんだか心地よかった。
なんとなしに、彼女の流儀に乗っ取って、彼女の動機を考察してみる。
目的:ヨシナカケイの不登校を改善
解決策:学ぶ喜びを教える
手段:お悩み相談
答え合わせはできないけど、まあそんなところだろう。なるほど。確かにこの考え方なら、何かと頭を整理しやすいかもしれない。目的・解決策・手段のドミノ倒し、か。なかなか面白い発想だし、頭の片隅に入れておこう。
クリアな空を、もう一度見つめてみる。迷子の雲はいつのまにやら、風に流されたようで。広がっているのは、澄み渡るような無限の青だった。
【表裏が無いって意味で言えば、一切建前を使わない人間なんかは反転しないかもしれませんね? はは! まあそんな人間なんてどこにも居ないでしょうけど!!】
そこに塵ほどの汚れも無いからだろうか。その青をぼうっと眺めていると不意に、AIの皮肉を思い出した。
「ふふ。残念だったわね、エージェント。一人、居たみたいよ?」
どうせ聞こえていないだろうと、虚空に向けて皮肉を返す。
そう。一人だけ居た。まだ姿も、顔さえも分からないけど、一人居た。今思えば反転世界でもモーニングコールが続いている時点で、気づくべきだった。
──世界が変わっても、彼女は彼女のままだったじゃないか。
理由は分からない。けれど、どんな世界でも、私を諦めない彼女。
思うままに生きて。ついには、私との縁を強引に手繰り寄せてしまった彼女。
一切の建前も無く。ずっと無視を続けていた私なんかに、心からの声をくれた彼女。
清廉潔白。品行方正。揺るぎない信念。やはり、彼女は強かった。何が有ろうと、揺らがない自分を持っていた。今日の空のように、彼女は何もかもがキレイだった。
──だから、少女はくつがえらない。表裏が無いから、反転しない。
なかなかどうして。一度話しただけなのにそう感じてしまうのだから、不思議なこともあるなと思う。
「また、話せるかな」
柄にもなく、遠くない未来を思い描いてみる。次は、何を話そうか。ハッキングのやり方でも聞いてやろうか。知識も知恵も豊富な彼女のことだ。きっと何を話しても楽しいに違いない──そんな、根拠のない『いつか』を空想してみる。
なんでもめんどくさがっていた自分が変わっていくことに、何より私自身が驚くばかり。まだ学校に行く気にはなれないけど、『また来たか』程度にしか思っていなかった彼女の声が、今はやけに待ち遠しい。
そうして私はまた、景色が色づいていくのを感じて。
軽やかな身体を起こして、もう一度窓を眺めてみる。
「ふふ、ヘンな顔っ」
すると鏡の中の少女は、前より少しだけ、上手に笑っていた。
「そうね。明日からは、モーニングコールにも出てみようかしら」
──その日。私は初めて、学ぶ楽しさを知った。
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