第九話 辛苦/甘美

 一世一代の覚悟で決行した救出劇は終わってみれば、なんともあっけないものだった。「ゲッ、レイの姉ちゃん!?」「やべっ、逃げろっ!!」私の姿を目にした途端、小太りとメガネは一目散に逃げだしてしまった。こども社会の強者は、想像以上に臆病者だったようだ。こんな私でも、彼らの目には恐るべき年長者として映っていたらしい。


 一方、黙って無干渉に徹していた小柄な男の子は、仲間の二人がダッシュで消えた後にペコリと頭を下げてきた。「アイツらに逆らったら僕もイジメられそうで怖かった」「ほんとは止めたかったけど、どうしても勇気が出なかった」そう言って、最後に「ごめんなさい」と頭を下げてきた。去り際、彼が言い残した「多分アイツら、レイちゃんがカワイイからちょっかい出すんだと思う」という言葉が、そのまま今回の総括となるだろう。


 決して許される行為ではない。しかしやはり、子供のイジメの動機なんて、ほんの些細なものなんだ。良くも悪くも、彼らは素直だった。あの三人を許すつもりはないが、何もかもから逃げてきた私に、彼らを責める資格は無い。更生する余地は大いにあるだろうから、今は反省してくれることを願うばかりだ。


 かくして。特に私が何をしたわけでもないが、事件は無事に一件落着と相成った。


 ……と。まあ、それは良いんだけど。


「えへへぇ、おねぇちゃんっ! おねぇちゃんっ!」


 どうしよう。この子、さっきからずっと私の腕に抱き着いたまま離れてくれないんだけど。


 場所は移って一階、リビングルーム。後先考えずに部屋を飛び出した私は、今まさに事後のことで頭を悩ませていた。レイを助けるまでは良かったが、助けた後のことはあまりシミュレートしていなかったのだ。


 というか。人とマトモに会話すること自体、数年ぶりだった。


「……私、部屋戻るね」


 慣れない状況に耐え切れず、足が本能的に階段へ向かう。逃げ癖ここに極まれり。改めて自分の性根が腐りきっていることを自覚した。我が事ながら本当に呆れてくる。

 さきほどの覚悟は一体どこへやら。根性が腐っていると、決意が消費期限切れになるのも早いのだろうか。少し外に出ただけなのに、もう帰りたくなっていた。


 ……けれど。


「行っちゃ、やだ……」


 袖をきゅっとつまんで私を静止してきたレイのおかげで、なんとか真性の腐れ女になることだけは避けられた。


 少し瞳が潤んでいるレイと、視線がぶつかる。


「? おねぇ、ちゃん?」


 ──それは生まれて十七年、以来初の気づき。


「っ……」

 

 どうやら私は、かわいい生き物に弱いらしかった。

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