第6話 私の願い

 私の親友が、私に悩みを打ち明けたのは、当然と言えば当然だった。私は隣国とは何の関係もない。どの派閥にも属していない。ただの親友だ。


「私が、今のまま生きていくのは難しいと思うわ。でも、私が今のようになった原因は、隣国よ。私から多くを奪った隣国に、思い入れなどないわ。その隣国のために、どうして私が」

命をかけなければならない。噛み締められた口元は、言葉を紡がなかったけれど、私の耳にはそう聞こえた。


 生まれる前に父を殺され、生まれた直後に母を喪い、男性として生まれながら、生き延びるため公爵家の御令嬢として、私の親友は育てられた。私の親友は、気品漂う素晴らしい淑女だ。


 私は、親友の強く握られた拳に、そっと手を添えた。普段、手袋に隠された手は、骨ばっていて、力強い男性の手だ。成長は止められない。背丈が伸び、喉仏が目立つようになり、肩幅も広くなりつつある。いかに優雅に振る舞おうと、女性らしさから遠ざかることを、とめることはできない。


 親友は、ご病気を理由に学園を休んでいた。このまま病弱という印象を周囲に与え、休学することは、公爵様の決定だ。親友の心の内の葛藤とは関係なく、事態は進んでいった。私も、親友のお見舞いのために、足繁く公爵家に通うことで、公爵様の計画に一役買っていた。


 私は、親友に正直であることを選んだ。

「身分違いの私にも、お友達として接してくださる御方の身に、万が一のことがあったら、私もとても悲しいです。ですが、今のまま隣国で人が亡くなり続けるのも、悲しい、恐ろしいことだと思います。父と兄を殺して国王となられた現在の国王陛下の政に関して、良い噂は耳にしません。家族を殺してまで国王になって、何をなさりたかったのか、私には見当もつきません」

殺されたのは、親友の祖父と父だ。二人を手にかけた国王は、親友の叔父だ。家族を手にかけて国王となったのに、己の評判を地に落とすような、恐怖政治を続ける方のお考えは、私には理解できない。


「今の国王のあり方は、褒められたものではありません。かの方から、王権を簒奪するとなると、また血が流れます。その後の政には、さらに厳しい目が向けられるでしょう。茨の道です」

祖父と父を殺された親友が、隣国の国王となるならば、叔父を殺すことになる。叔父だけではない。彼の統治を安定させるためには、叔父の妻である王妃を含め、王家の人々の命を奪わねばならないだろう。


 政はきれいごとではない。清濁併せ呑まねばならないことも多い。

「何が正しいのか、正しくないのか、私にはわかりません」

隣国は崩壊への道筋を辿っていた。


 国王の恐怖政治による、国力低下だけが理由ではない。隣国からの亡命貴族達と、彼らと血縁関係にあるこの国の高位貴族達は、隣国の国王を斃す計画を練っている。公爵様がその筆頭だ。我が国の国王は、それを黙認している。


 親友の意志など、彼らには関係がない。大義名分のために、担ぎ出す旗印として、高貴な血を引く王位継承権を持つ人物として、親友は彼らに求められている。仮に、親友が断った場合、別の誰かが、親友と成り代わり、名乗りを上げかもしれない。その場合、親友がどうなるかも、私は心配だった。


「私はただ、あなたに生きて欲しいと思います」

何の力もない私の、無責任な願いだ。親友は、隣国の王太子の嫡男、正当な王位継承権を持つ男性だ。


 親友は、生き延びるために令嬢として育てられた。親友は、自分らしく生きることや、父と母を奪った故国のために戦えと要求される。皆、親友に要求するだけだ。


 高位貴族という立場上、仕方のないことだと、私も頭ではわかる。一族と領民の命を預かっているのだ。時に非情にならねばならない。自らも、自らの子供達も駒と考える彼らにとって、私のたった一人の大切な親友も、駒なのだ。

「何も出来ない私の無責任な願いであることはわかっています。でも、私はあなたに生きて欲しいと思います」


 親友は、私の手を、強く握り返してくれた。

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