第4話 転機

 あの子の声に、耳を澄ませるのが習慣になっていた。耳に飛び込んできた声に、私は驚いた。

「まさか、のど」


 声にならない声の先が何か、私にはわかった。そろそろ女性として生きるのは難しいのではないかと、父と呼ぶ祖父と、兄と呼ぶ伯父に言われていた。


 子供から大人への成長が始まっていた。背の高さは、踵が低い靴を履くことで誤魔化した。手は手袋で覆えば見えない。喉仏は、首元を隠すようなドレスを選び、人目に触れないようにしていたはずだった。


 加護持ちならではの、優れた視力が見破ったのだろう。一生懸命刺繍をしているが、時折顔を上げて、こちらを見ている。気になって仕方がないのだろう。落ち着きなく動く頭が面白くて、つい見つめてしまった。


 目が合った。初めて目が合ったことに驚いたが、動揺を隠して微笑んで見せると、目礼を返してきた。反応してくれたことが嬉しくて、つい声をかけてしまった。


「あなた、刺繍が随分とお上手でいらっしゃるのね」

「おそれいります」

当たり障りのない返事だ。声だけだったあの子の顔を、初めて見た。


「素敵ね。一度お話してみたいわ。屋敷にいらっしゃいな」

初めて声をかけて、顔を見たのが嬉しくて、屋敷に招いてしまった。困惑した様子に、しまったと思ったが、口から出た言葉を、消す方法はない。


「お招きいただいても、私、お招きに見合うような衣装の持ち合わせがないのですが」

「あら、学園の生徒ですもの。お気になさらないでくださいな」

相手の家の事情をすっかり忘れていた。伯爵家は水害が続き、困窮していたはずだ。


「舞踏会ではないのですもの。お気軽にいらしてくださいな。今のお洋服でも、よろしくてよ」

申し訳ないと思いながらも、私の口は、招待の言葉を繰り返した。

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