第5話 母

 刺繍の上手な子を家に招待したと、私は母に報告した。立場上、母と呼ぶが、実際には祖母だ。

「まぁ、あなたが、お友達をご招待なんて」

母の言葉に、私は驚いた。友達もなにも、その場の勢いで招待してしまっただけだ。


「刺繍の上手なお嬢さんね。一緒に刺繍が出来たら嬉しいわ。あなたはちっとも私に付き合ってくれないもの。お友達が来る日が、楽しみだわ」

母の言葉が、なぜだか嬉しかった。


 あの子は母と仲良くなった。歳の離れた刺繍友達が出来た母が、元気になったのが嬉しかった。


 あの子は、事情を察したらしく、何も言わずに、ただ、私のあり方を、そのままに受け止めてくれた。


 鍛錬に疲れたことを言い訳に、母とあの子が刺繍をしている部屋で、昼寝をした。長椅子に横になると、兄がいるというあの子は、懐かしいと呟いた。


「年頃の御令嬢の前で」

母は眉をひそめたけれど、それ以上のお小言はなかった。


 母とあの子の会話を聞きながら、時折目を開けて、真剣に刺繍をするあの子を眺めながら、のんびりと、うたた寝をするのが好きだった。


 穏やかに流れる時間が、終わるであろうことはわかっていた。


 父は、私の成長を待っていた。待つだけでなく、布石を着々と打っていることを、私は知っていた。


 目が良いというだけの加護を、活かすあの子の生き方に、私は自分の加護の使い道を見出した。日々の鍛錬で、それが有効であることがわかり、私は自らの加護を磨いた。


 私が私として生まれた以上、血筋からは逃れられない。運命に流されたくなど無かった。父が布石を打つ先に目指すものはわかっていた。父が示す道に唯々諾々と従うだけというのは嫌だった。自ら道を切り開きたくて、私は必死に足掻いた。


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