第7話 親友の言葉
弱気になった私は、人の良いあの子に、愚痴を零してしまった。
「私が、今のまま生きていくのは難しいと思うわ。でも、私が今のようになった原因は、隣国よ。私から多くを奪った隣国に、思い入れなどないわ。その隣国のために、どうして私が」
生まれ育った国を離れ、育ての父母と別れ、何より声を聴きたい、顔を見たい君から離れて、欲しくもない国王という地位を奪いに行かねばならないのか。私は、正直になれず、言葉を飲み込んだ。
あの子は、一生懸命言葉を選んで、真摯に私の言葉に答えてくれた。
「身分違いの私にも、お友達として接してくださる御方の身に、万が一のことがあったら、私もとても悲しいです。ですが、今のまま、隣国で人が亡くなり続けるのも、悲しい、恐ろしいことだと思います。父と兄を殺して国王となられた現在の国王陛下の政に関して、良い噂は耳にしません」
知っていた。隣国の貴族達は、民のために、あなたが国王になるべきですと私に言った。
「今の国王のあり方は、褒められたものではありません。かの方から、王権を簒奪するとなると、また血が流れます。その後の政には、さらに厳しい目が向けられるでしょう。茨の道です」
わかっていた。隣国の貴族達は、血塗られた王位継承の後に予測される困難を、私には言わなかった。
「何が正しいのか、正しくないのか、私にはわかりません。私はただ、あなたに生きて欲しいと思います」
はっきりと、私の目を見て告げてくれた言葉が、嬉しかった。父も、誰も彼もが、私に、どうあるべきかと要求するだけだった。
「何も出来ない私の無責任な願いであることはわかっています。でも、私はあなたに生きて欲しいと思います」
私のことを考えてくれていることが、私が生きることを願ってくれていることが、言葉にならないくらい、嬉しかった。本当に、本当に、嬉しかった。
私が私であることからは、逃れられない。私が私として生きるため、私は隣国へ、本来の私の故国へ、旅立つことを決意した。
あの子を思い出すものが欲しくて、お守りが欲しくて、私はあの子に一つのお願いをした。廃された王家の紋章を、あの子が知らないはずがない。知っていただろうに、何も言わずに、引き受けてくれた。
私は長い髪を切った。女として生きた私は、死んだ。
私は、これから故国となる国に向かう馬車で、一人泣いた。待っていて欲しいと言えなかった自分が、婚約指輪を渡すことが出来なかった自分が悔しく、帰れるかどうかもわからないのに、待っていて欲しいと思う自分の我儘が情けなく、実の父に迎えに来てもらえなかった、私と実の母のことが悲しくて、泣いた。
国境を越えた先、用意されていた戦場には、私が泣く場所はなかった。いつの間にか、首に掛けた鎖に通した、渡せなかった婚約指輪を、握りしめることが癖になった。
私の左胸のポケットには、あの子が刺繍してくれたハンカチがある。母と一緒に選んで、あの子に贈った香水の香りは、すぐに消えてしまった。会いたかった。声を聞きたかった。
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