第8話 先代公爵御夫妻
学園を卒業した私は、貴族の御令嬢方に刺繍を教える仕事を得た。親友の母、先代公爵夫人のおかげだ。
刺繍の名手である先代公爵夫人に、お屋敷にご招待をいただき、一緒に刺繍を刺す私に、ぜひ刺繍を教わりたいとお招きくださる方は多くおられた。
私は先代公爵夫人から立ち居振る舞いを含め、様々なことを教わっていた。先代公爵夫人のご厚意のお陰で、高位貴族のお屋敷にお招き頂いても、私は自信を持って振る舞うことができた。
絢爛豪華なお屋敷にお招きいただいても、王城とほぼ同格といわれる公爵家のお屋敷を知る私は、緊張せずにすんだ。
隠居された先代公爵御夫妻は、定期的に私を招いて下さった。御夫妻は私の訪問を毎回、大変に喜び、歓待して下さった。爵位を継いだ御子息、当代の公爵様からも、君が来てくれないと父母が寂しがるから、是非来て欲しいというお言葉をいただいた。
身分も年齢も異なる御方にお会いするのは、気を遣う。だが、私ができるだけ緊張しないようにと、心を配ってくださる御夫妻のお陰で、私の訪問は続いていた。
親友のお墓へのお参りも、私は欠かさなかった。安全なこの国にいる私は、亡き親友を悼むという役割を全力で果たした。
どこにいるかも解らない親友のために、彼から渡された絵を布に刺した。人に見せることは出来ない作品だ。大きな布に刺すには、時間も場所も必要だ。困った私に、先代公爵夫人は、快く場所を提供して下さった。
一針一針、願いを込めて祈りながら刺した。私が大判の布に刺した隣国王家の紋章を、先代と当代の公爵様は、然るべきところに送り届けるとお約束下さった。それがどこか、私は聞かなかった。
先代公爵様は引退されても、御威光は変わらなかった。先代公爵様を訪ねて、様々な御方がいらっしゃった。私は、先代公爵様とご友人の席に同席させていただいた。親友が旅立つ前からの習慣は、当然のように続いていた。
高位貴族のお集まりだ。当然隣国のことは話題になる。隣国では、国王の圧政に、各地で反乱が起きていた。その頭上にはためく旗には、今の国王が廃止した隣国王家の伝統の紋章が描かれているそうだ。私が刺繍し、親友に贈ったものと同じ意匠だ。反乱軍と、彼が殺した先王との繋がりを示す旗に、隣国の国王は、怒り心頭らしい。
その怒りの矛先は、当然だが、公爵家に向けられた。隣国からこの国に送りつけられてきた使者は、親友の墓の検分を申し入れてきた。この国の国王陛下は、幾つもの条件を突きつけた上で許可なさった。あの日、閉ざされ、誰も見ることが出来なかった棺は、暴かれた。棺の中には、ドレスに包まれた白骨が、横たわっていた。
先代公爵御夫妻と、現公爵御夫妻、特別に親友としてその場に居ることを許可された私は、隣国の使者の非礼に涙した。隣国の使者は、私達に詫びを言って、帰っていった。
若くして亡くなられた悲劇の御令嬢の墓を、無理やりに暴いたという話は、この国から隣国へと伝えられた。圧政を強いる国王の評判をさらに貶め、人心はさらに離れていった。
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