第11話 言葉
二人で踊るのは久しぶりで、手にふれる懐かしい温もりに、私は勇気をもらった。
「お願いがある」
あの子は、微笑んでくれた。
「一緒に来てくれないか」
あの子は、目を見開き、大きく息を呑んだ。晩餐会のあとに話し合うという手筈など、私の頭から吹き飛んでいた。
「あれから随分経った。君に約束もしなかった。出来なかった。君が刺繍してくれたあのハンカチをお守りに、私は知らない故国で生き抜いた。君の消息を知りたくて、でも知るのも怖くて。卑怯な私は、目の前のことにかまけて、ずっと君から逃げていた。先日、なけなしの勇気を振り絞って、兄上に手紙で君のことを聞いたら、遅いとか何とか、叱責をいただいた。慌てて使節団に紛れ込んだ」
跪き、渡すことの出来なかったあの日からずっと、肌身離さず持っていた婚約指輪を差し出した。
「どうか、私と結婚してください。あの時、臆病だった私をどうか許してください。約束する自信を持てなかった情けない私を許して下さい。待ってくれていたと、自惚れさせてください」
私の必死の言葉に、あの子は小さく頷いてくれた。嬉しくて抱きしめた。抱きしめた体は、想像していたより小さくて柔らかかった。
たちまち周囲の祝福の声に包まれ、私は衆人環視の前だったことを思い出した。
「めでたいことだ。これからの我が国と貴国の関係の吉兆だ。なんともめでたい」
国王陛下の声に、周囲から再度、歓声があがった。
「おやおや、私の養女に、お声掛けくださるとは、なんとも御目が高い」
兄の言葉は、私には意外なものだった。
「では、これからは、御義父上と、呼ばせて頂けますでしょうか」
私のとっさの返事に、兄は満足気に笑った。
「年の離れた妹と、亡き父母が、大変にお世話になった御令嬢だ。父母の墓に報告せねばならない。一緒に来てくれるかな」
実の祖父母の墓だ。この国では、死んだことになっている私だ。墓参りは諦めていた。
「勿論です」
兄の提案が嬉しかった。
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