第3話 招待の衣をまとった連行
さすがは公爵家、王族の血を引き、隣国の王族に嫁を出すだけのことはある。王城に勝るとも劣らないといわれる公爵家の屋敷、お城は凄かった。積もり積もった誇りある歴史が、埃になって隅に積もっているということもない。
ここで侍女をするのは大変だろう。公爵家の侍女は、派閥の貴族の御令嬢達である。我が家は、伯爵ではあるが、あまりに貧乏で、弱小で、どこの派閥に属しているか、今ひとつわからない。そんな家の娘でも、喉仏のことを口外しないと約束して、将来就職させてもらえないかと思ったが、やめておいたほうが良さそうだ。
客間にある家具が訴えかける彼らの歴史に圧倒されながら、私はソファに腰掛け、生地に施された意匠に目を凝らしていた。
「あぁ。本当にいらしてくださったのね、とても嬉しいわ」
やんごとなき御方のご登場に、私は立ち上がり一礼をした。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
「ご丁寧にありがとうございます。でも、そんなに他人行儀なご挨拶はおやめになって。私、あなたとお友達になりたいの」
そっと私の手を取って下さった、やんごとなき御方の手は、骨格がはっきりとしていて、剣を握ることで皮が厚く、私にとって慣れた少し懐かしい、兄の手と同じだった。女性騎士の手とは違う。彼女らも鍛えてはいるが、骨格は女性のままだ。
笑顔を浮かべたやんごとなき御方に、座るように促され、私はソファに腰掛けた。
「あなたには、お友達になっていただきたいの」
身分の差を考えれば、これは、ご命令である。
「そんな、私など」
「あなたがよいわ。だって、とても刺繍がお上手でいらっしゃるもの。私、幾つか、あなたの秘密の作品を見せていただいたのよ」
やんごとなき御方がおっしゃる、幾つかの秘密の作品に私は心当たりがあった。刺繍は貴族女性の嗜みだが、上手い下手は人それぞれだ。高位貴族の御令嬢ほど、腕前が求められるが、世の中そう簡単ではない。
世間が要求する、高位貴族の御令嬢の手になる刺繍という水準を満たした作品を、用意するのが私の仕事の一つだった。彼女らはいつか、高位貴族の女主人となるのだ。先行投資ということで、私は、かなり力を入れていた。
「是非、私に協力をしていただきたいの」
私のいつもの秘密の作品、つまり世間へ、やんごとなき御方の手になる刺繍として公表するに足りる品を作れということだろうか。私は答えに窮した。私の手を取るのは、針を持ち、布に刺す手ではない。この手を知る高位貴族が、騙されてくれるとは思えない。それに、公爵家である。刺繍職人を手配する伝手などいくらでもあるだろう。
「お母様からいただいたものがあるのですけれど、私にはどうしても使いこなせなくて。もし、お話を引き受けてくださるのであれば、お給金にこれを、上乗せしますわ。だって、このまま私が持っていても無駄ですもの」
やんごとなき御方が、手になさったそれの魅力に私は負けた。現国王陛下の即位二十周年を記念して販売された、刺繍糸のセットだ。このセットにしか入っていない限定色も多数あり、刺繍愛好家の中で話題になった。
私には憧れの品だ。高くて私のお小遣いでは買えなかった。両親に欲しいと言えなかった。限定品であり、今や販売当初よりも値段が高くなり、ますます私の手が届かない品となった。それが二組だ。つまり、限定の糸を使い切ってしまっても、まだあるということだ。素晴らしい。
「お引き受けさせていただきます」
私の口は、正直だった。
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