第2話 加護持ちの令嬢

 あの子を知ったのは偶然だった。数年前なのに、もう、遠い昔のような気がする。まだ、女性として、学園に通っていた頃だ。


「あの方、加護をお持ちなのですよ」

「確か、目が良いという加護だそうですわ」


 促されて見た木陰で、一人の令嬢が、刺繍をしていた。学園の生徒ならば、私と歳が変わらないはずだ。ずいぶんと慣れた手付きだった。友人達と語らいながらも、手は丁寧に刺繍を刺していた。


 加護を授かった耳を澄ませば、遠くの話し声が聞こえてくる。

「本当にあなたの刺繍は美しいわ」

「加護のお陰でよく見えますから」

「よく見えたところで、手先が器用でなくては」

「細かいところと、仕上げは私が。このあたりは、ぜひ御自身でなさってくださいな。御母様への贈り物ですもの。そのほうがきっと喜ばれます」

「そうかしら」

「えぇ、きっと。ご一緒に刺しましょうか」

穏やかな口調で、友人らしい令嬢の手に、優しく手を添えて、一針一針刺していた。


 加護持ちの令嬢。自分以外で初めて見た加護持ちだった。あまり裕福でないことは、服装から知れた。

「刺繍が大変お上手でいらっしゃるそうですわ」

友人の母親への贈り物を頼まれるくらいだから、下手ではないだろう。


 噂されているなど、知るはずもなく、手を取り優しく教えてやっている。

「お友だちに教えていらっしゃるようね」

「羨ましいわ。私も教えていただけないかしら」

そのうちに、高位貴族の令嬢達の興味はまた別のどこかへ逸れていった。


 私は、優しく、ときに励ましながら友人に刺繍を教えてやる穏やかな声に、耳を澄ませた。使えないと思っていた加護は、私に柔らかな声を聞かせてくれた。

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