第18話 家族

 王宮の奥、私達の私室には、故国の先代公爵御夫妻の肖像画が掲げられている。夫の実の両親の肖像画も掲げられている。夫が産まれる前に描かれた御二人は、今の私達よりも若い。私の両親の肖像画は卓上で慎ましくしている。夫は大きな肖像画にしようかと言ってくれたが、私は遠慮した。両親が恐縮する姿が見える気がした。


 夫の実の両親と育ての両親、私の両親に見守られ、私達は生きている。


 隣国に嫁いで最初は大変だった。嫌がらせもそれなりにあった。


 危険な事態になりかけたこともある。だが、神様が私に授けて下さった加護が、私を守ってくれた。加護を授かった私の目は、衣服の下に隠し持っている武器であっても、見つける事ができる。夫と私の秘密だ。


 陰口ばかりはどうしようもない。行き遅れという言葉に、最初に怒ったのは夫だった。

「私が不甲斐なくて、長く待たせてしまっただけだ。私は、私に誠実であり続けてくれた妃に感謝している。私の最愛の妃を悪く言うことは許さない」

夫の言葉は嬉しかった。


 夫は、私の実力を知らしめるためと、閣議に私を連れ込んだ。女が閣議に参加することに、反対する意見もあった。夫は意に介さなかった。


 私の師匠は辣腕で知られた先代公爵様だ。先代公爵様とご友人達が、私に授けて下さった知識と、先代公爵夫人が、身を以て示して下さった高位貴族女性としてのあり方が、王妃となった私を支えた。反対する声は、小さくなっていった。


 故国からは時折、手紙が届いた。ある日の手紙に、私は心底驚いた。

「公爵様からお手紙を頂いたわ。『両親は最初から、君に狙いを定めていた。君は、年の離れた妹だった甥が、屋敷に招いた、唯一の女性だった』というのは本当なの」

私の言葉に夫は赤面し、しばらく言葉を失っていた。


「そんな、つもりは、なかった」

長い沈黙の後、夫の口から言葉が漏れた。

「でも多分、そうだったかもしれない」

赤面し、小さな声で打ち明けてくれた夫に、私は先代公爵御夫妻の偉大さをあらためて知った。


 お屋敷にお招き頂いた頃、私は、秘密を知ってしまったことに怯えてみたり、亡くなられた先代公爵夫人と楽しく刺繍を刺したり、長椅子で昼寝をする親友の髪の毛に、こっそり刺繍糸の切れ端を結びつけたり、何も知らずに暢気に楽しく過ごしていた。


「父と、母がそんな。当時の私が、恥ずかしい」

恥ずかしがる夫に、私は追い打ちをかけてしまった。


「『君には大変失礼な例えで申し訳ない。君が初めて我が屋敷に来た日のことだ。猫がお気に入りのおもちゃを見せに来たようねと、母が上機嫌だった』と書いてくださっているわ」

夫は執務机に突っ伏して、起き上がってこなかった。あまりに恥ずかしがる夫が可哀想になり、私は公爵様のお手紙の続きを、読み上げるのを止めた。


 公爵様は、お手紙に、楽しそうに思い出を綴っておられた。


 毎日つまらなそうにしていた甥が、いそいそと学園に通うようになったから、何事だと、屋敷で皆、不思議がっていた。家に招きたい子がいると言い出したときには、驚いたものだ。それまで誰も招こうとしたことなどなかったのに。君が来る日はいつも、朝からそわそわと、落ち着きがなくてね。母は、君へ贈り物をするときは、いつも甥を呼びつけていた。甥は、面倒くさそうにしながら、いそいそと選んでいた。父母と一緒に笑ったものだよ。


 公爵様が、まるで目の前におられるかのような、お手紙だった。


 

 

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