第19話 私達の国

 政は、国王一人のものではない。


 夫と一緒に戦った友人たちは、政治の表舞台で、私と一緒に刺繍をして、大切な人の無事を祈った夫の友人の妻たちは、陰ながら、私達を支えてくれている。


 夫の友人の妻たちの最大の功績は、私達のことを盛大に美化した劇に仕立て上げ、民の心を掴んだことだろう。劇は、内戦で荒れ、娯楽に飢えていた民に、熱狂的に支持された。


 舞台の上で紡がれる波乱万丈な物語の大半が、事実だ。夫は良く無事に、生き延びてくれたと思う。


 正当な王位継承者である王子は、生まれる前に父を殺され、生まれてすぐに母を喪うという不幸にあった。王権を簒奪した叔父の魔の手から逃れるために、母の故国で女性として育てられるという不遇に耐えた。立派に成長した王子は、苦心惨憺の末に両親の敵を討ち、民を圧政から解放したと、劇は夫を称賛する。私は、夫を理解し、支え続けた婚約者として描かれ、少し恥ずかしかった。


 夫はしばらくの間、許可したことを後悔していた。本人の意思とは関係なく、女として生きるしかなかったことを、暴露されたくなかったそうだ。


 この国で育っていない夫と、この国の貴族ではなかった私が、この国の民に受け入れられたのは、まちがいなく劇のおかげだ。


 私達は、子宝にも恵まれた。子供が生まれてからは、行き遅れだの何だのという陰口は止んだ。今、子供達は、遊んだり勉強したり、日々力いっぱい元気に生きている。


「あなたは、どうして私と結婚なさったの」

私がずっと不思議に思っていたことだ。私が夫の喉仏を見てしまったあの日よりも前には、私達には接点はなかったはずだ。夫は、公爵家の令嬢として生きていた頃、私よりも家柄も良く、財産もある、美しい高位貴族の御令嬢達に囲まれていたはずだ。


 私の言葉に、うたた寝をしていた夫が目を開けた。

「ずっと君の声を聞いていた」

身に覚えのない話だが、気恥ずかしそうな夫の様子からすると、嘘ではないだろう。


「加護を使いこなしている君が、羨ましかった」

目がよく見えるという実用的な加護だ。奇跡を起こすことなどない。神の恩寵である以上、口にされることはないが、加護の中では格下と見做みなされている。私にとっては最高の加護だが、他人に羨ましがられるほどのものではないはずだ。


「私も加護を頂いている」

思いがけない話に、夫の頭を撫でていた私は手を止めた。

「話していなかったね。奇跡など起こせない加護さ。私はずっと、自分の加護に劣等感を持っていた。ある時、自分の加護を使いこなし、刺繍をしている君を見た。そこで私も、拗ねていないで、自分の加護と向き合うことにした」


 油断していた私は、夫の腕の中に閉じ込められてしまった。

「君のおかげだ」

「あなたの加護は、何ですか」

私に口付けた夫が、いたずらっぽく笑った。

「ある意味、君と似たような加護だよ。それはね」


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