第14話 約束

「あの時、臆病だった私をどうか許してください。約束する自信を持てなかった情けない私を許して下さい。待ってくれていたと、自惚れさせてください」

変わったはずなのに、変わらない親友がそこにいた。


 お互い歳をとった。隣国に旅立った親友が、どのような日々を過ごしたのか、私は知らない。私は、漫然と心配だけをしながら、安寧の日々を過ごしていた。私は、親友が、一番苦しかったであろうときに、側に居なかった。平穏なこの国で、刺繍を刺していただけの私が、この方の求婚を受けてよいのかと、迷った。


「あの子をよろしくね」

「あの子のことを、よろしく頼む」

お世話になった先代公爵御夫妻のお声が、私の耳に聞こえてきた。年老いて、沢山のことを忘れてしまわれたお二人を安心させるために、私は言葉だけの約束をした。お二人の、心からの笑顔が、私の胸に蘇ってきた。果たせるあてなどない約束だったけれど、あの約束は私の本心だった。


 私は、頷くだけで精一杯だった。声など出なかった。周囲が歓声に沸き、力強く抱きしめられて、私は慌てた。私の親友は、今や隣国の貴族だ。貧乏貴族の行き遅れの私が相手であっても、この国の国王陛下の許可なく決めて良いことではない。


「めでたいことだ。これからの我が国と貴国の関係の吉兆だ。なんともめでたい」

国王陛下のお言葉に、私は安堵した。


「おやおや、私の養女に、お声掛けくださるとは、なんとも御目が高い」

私をエスコートして下さっていた公爵様のお声に、私は慌てた。公爵様のお言葉の意味を確かめようと思うが、親友が腕の力を緩めてくれないので、身動きできない。腕を突っ張って引き離そうとするが、びくともしない。


「では、これからは、御義父上と、呼ばせて頂けますでしょうか」

すっかり低くなった親友の声が、私の身体に響く。

「年の離れた妹と、亡き父母が、大変にお世話になった御令嬢だ。父母の墓に報告せねばならない。一緒に来てくれるかな」


 親友が、大きく息を呑んだ。

「勿論です」

かすかに震えた声に、親友のご家族への愛を感じた。


 会場のどこからか沸き起こった拍手と、力強い腕に包まれて、私は夢見心地になっていた。現実に青ざめたのは、その後だった。

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