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部活を終え、荷物をまとめて外に出る。もうすぐ五月に差し掛かろうとしている外の空気は思いの外暑くて、半袖で出てきて良かったと誰にでもなく思う。
うちの中学は、運動部に限ってジャージで登下校することが許可されている。……とはいえ、生徒のほとんどは運動部に所属しているから、ほぼ義務のようなものだ。式典でもない限り、制服で登校する奴は少ない。自ら文化部と間違われたり、周囲から浮いたりしたくない者が多いのだろう。
信也の所属する男バスは夜練なので、今日は功一と二人で帰る予定だ。今年の男バスは相当気合いが入っているらしく、去年は逃した県大会に向けて猛練習しているらしい。個人競技と違って、なにがなんでも全員集められる球技とは難儀なものだ。
「大地」
ざらつきを帯びた声がかかる。声変わりしかけている、中途半端な声色だ。
振り返って見ると、案の定功一がいた。その横には、何故か大野も立っている。
「大野?」
不思議に思って首をかしげると、大野はたまたまだよ、と自信なさげな声で言った。
「部活が終わって出てみたら、コウがいて……いっちゃんのこと待ってるって言ってたから、あたしもいっしょに帰ろうかなって思って。迷惑かな」
「そんなことない。いっしょに帰ろう」
大野は不安げにきょろきょろしていたが、俺が答えると安心したように顔の強張りを解いた。なんだか、前に比べてやつれているようにも見える。
功一は何も言わず、校門に向かって歩き出す。これ以上立ち止まっている必要もないから、自然と俺たちも彼に続いた。
こんなことを思っちゃいけないとわかっているけど、信也がいなくて良かったと心から思った。
功一と大野はものすごくべったりという訳ではないけれど、特別険悪という訳でもない。付かず離れず、適度な距離感を保っている──ように、見える。
男女間の友情って成立しないよねー、といつだか猪上たちが言っていたような気もするが、この二人ならあり得るんじゃないか、と部外者の俺は思っている。家が近いから、ということもあるようだけど、他人にあまり興味がなくてフラットな功一は、大野にとって居心地が良いようだ。一応上位グループに所属している大野だけど、猪上たち程詮索好きじゃないし、悪意を振り撒くこともない。良くも悪くも繊細で、傷付きやすい性格なのだ。
「二人とも、五月のゴールデンウィークってどうするの? ずっと部活?」
しばらく歩いていると、大野がそう聞いてきた。言い出すのに躊躇があったのか、何度か口を開け閉めして、やっと言えたといった風だった。
今年のゴールデンウィークは五連休。地区大会が六月だから、毎年それに向けて練習試合や合同練習なんかが入る。力を入れている部では、泊まり込みの合宿が行われることもある。
陸上部は四日に他校との合同練習、六日に部活が入っている。飛び飛びのスケジュールだから、旅行ができないとぼやいている部員も少なくはなかった。他校との調整もある分、致し方のないことなのだろうけれど。
上記を伝えてから、俺は功一を見る。相変わらずの仏頂面で聞いていた功一は、思い出すように中空を眺めながら口を開いた。
「二日と三日が部活、四日が練習試合。五、六が休み」
俺と信也と功一の三人で遊ぼうか、と三月辺りから計画していたけど、この通りスケジュールが全く合わないのでボツになった。信也は五日に部活が入っているから、なかなか三人揃って、とはいかない。
そっかー、と大野は相槌を打つ。心なしか、声色にいつもの明るさが戻りつつあるように聞こえた。
「二人のところも大変そうだね。こっちも遊ぶ暇なんてなさそうだよ。練習試合、酒田だから朝早いし」
「あっちの学校とは地区大会で当たらないのにな」
「そう、本当にだるくってさー。どうせ県大会なんて夢のまた夢なのに」
そんな風に言いつつも、大野はどこか安心しているようにも見える。
きっと、大野は部活という逃げ道ができて、内心ほっとしているのだ。休日が合わないという口実によって、猪上たちから一時的に離れられる。話したくもない話題を振られることも、信也や猫屋敷についてあれこれ言われることもない。
熱心に練習に打ち込む男バスとは違い、眞瀬北中の女バスは弱い。いつも地区大会止まりだ。やる気がない訳ではないのだろうけど、どうしても県大会に進出できない。県大会シーズンには、大体他の部の応援に回っている。
「たしか剣道部って、今年の地区大会の会場が
気さくな調子で大野が問いかける。功一がん、とうなずいた。
大野がぶりっ子と陰口を囁かれるのは、男子に対して特に躊躇うことなく話しかけられることにあるだろう。それは猪上たちも同じだけど、あいつらと根本的に違うのは下品じゃないところだ。男子と異なる目線にいながらいかにも親しげに近付くところが、他の女子にしてみれば気に食わないのかもしれない。
「好きにしろよ。見ていて面白いもんじゃねえけど」
素っ気なく功一は言うが、その語調にとげはない。基本的にぶっきらぼうなだけだ──一部の女子からは、そうした態度のせいで怖がられているようだが。
大野もその辺りはわかっているのだろう。うん、とうなずいて、柔らかく微笑んだ。表情から、強張りが溶けているように見えた。
いつもの曲がり道に差し掛かったので、俺は二人と別れる。じゃ、と軽く告げれば、大野が控えめに手を振った。
「またね、いっちゃん。部活、頑張ろうね」
頑張ってね、じゃないのが大野らしい。彼女は突き放したり、押し付けたりするような物言いはしないのだ。
歩き慣れた農道を進み、家へ向かう。天神さんをちょっと覗いてみたけど、宝井はいなかった。今日はスポーツ少年団による夜練なのだろう。宝井が俺よりも後に来ることは今までなかったし、以前宝井が来ないかしばらく待ってみたこともあるが待ちぼうけを食らっただけなので、今日はおとなしく帰宅しようと思う。
信也がいなければ良い、という訳ではないけれど、今日のような帰り道がこの先も続いて欲しい。夕焼けに染まる空を見上げながら、俺は他人事のようにそう思った。
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