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 翌日は土曜日で、午前中だけ部活があった。さすがに休日まで体験入部の対象ではないので、今日は新入生抜きの練習だ。彼らの視線が集まる中での部活は身が引き締まる──と言えば聞こえは良いが、正直言って居心地が悪い。そう感じていたのは俺だけではなかったようで、チームメイトたちの雰囲気も心なしかほっとしているように見えた。試合でもないのに他人に見られながら競技をするというのは、あまり気持ちの良いものではない。


「なあ、広沢ひろさわ


 休憩時間、水筒を片手に俺はとあるチームメイトのもとへ向かう。

 少し離れていても話の内容が聞こえるくらいの声量で話していた男子──広沢は、呼び掛けられたのに気付き億劫そうに首を動かした。しかし、相手が俺とわかるとすぐに笑顔を浮かべる。


「おー、どうしたよ磐根。お前から話しかけてくるなんて珍しいじゃん」

「いや、ちょっとな」


 広沢とは、部活関係の話を交わすことはあるが個人的に話すことはほとんどない。広沢はそうでもないのかもしれないけれど、多分俺としては波長が合わないのだと思う。

 広沢は賑やかな性分で、信也やあいつと仲の良い長内を含めた目立つグループに入っていることが多い。信也の繋がりや同じ部活ということもあって功一共々遊びに誘われることもあるが、少なくとも俺は広沢のやたら大きな声や、周囲をはばかることなく下世話な話をするところは好きになれない。さっきだって、うちのクラスの女子で抱くなら誰が良いか、なんて話をしていた。当然宝井の名前は挙がっていなかったが、クラスメートという嫌に現実味のある相手を対象に下品な話題で盛り上がれるのはある意味すごいと思う。俺には到底理解できない世界だ。

 そんな広沢に声をかけたのには、当然ながら訳があった。理由がなければ、下品な話の中に突っ込むような真似はしない。


「知り合いの家に用事があるんだけど、茜ヶ淵地区のことってよくわからなくて。広沢なら詳しいかなって思ったんだけど」

「まあ、ある程度はわかるけどさ。つか、知り合いって誰だよ。まさか磐根、茜ヶ淵の女子と付き合ってたりする?」

「そんな訳ないだろ。親の知り合いんだよ」


 当たり障りのない、そう考えなくても思い付くような嘘だ。しかしそのオーソドックスさが効いたのか、広沢もそれ以上突っ込んでくることはなかった。


「ふうん。で、どこら辺なんだよ」

「知り合いが言うには、城の石碑みたいなのを目印にしろってさ。堀の側にあるのはわかるけど、どの辺りなのかがいまいちわからない」

「あー、たしかに堀の近くってだけじゃわかりにくいよな。中心部に行けば、どこからでも見えるし。結構でかいんだよなー、あの堀」


 広沢が言うには、石碑というのは堀の内側の地区に所在するらしい。あいついわく城東地区というらしいけど、児備嶋出身の俺にはよくわからない。とりあえず、近くに個人経営の商店があるということは覚えられた。

 宝井がコピーして渡してくれたブログ、そこには先程言った城跡の石碑も写っていた。ムムムはその石碑を起点として茜ヶ淵を巡ったという。うちの古いパソコンではストリートビューも含んだ地図を読み込むのはとてつもない時間がかかるし、茜ヶ淵だけをクローズアップした紙の地図もうちにはないだろう。面倒だが、土地勘のあるチームメイトに聞くのが最も効率的だ。

 普段の言動はどうかと思うが、広沢には感謝しなければなるまい。これで、ムムムと同じルートで茜ヶ淵を回れる。石碑の他にも、大手門を移転した寺だとか、陣屋の跡があるとブログには書いてあった。呉井璃左衛門個人についてはわからないかもしれないけれど、彼の仕えた茜ヶ淵氏、その城について知るのも大事だと思う。

 多分、宝井は城についても調べられるだけ調べているはずだ。茜ヶ淵について何も知らない俺が今から追い付こうとすること自体、無謀なのかもしれない。

 でも、俺は宝井と関わるための話題が欲しい。宝井とは喧嘩別れのような形になってしまったけれど、だからといってもう話したくない、なんて思うことはない。どうしてかはわからないが、宝井との話は楽しかった。あいつは、俺が不快に思うような話をしない。


「ありがとう、広沢。助かったよ」

「良いって、そんくらい。大したことじゃねーよ」


 普通に話していれば、広沢は良い奴だ。しかし、俺との会話が終わればまた大声で下品な話を始めるものだから、そのままガクッと倒れたくなる。切り替えが早いのは悪いことではないけれど、もう少し恥じらいとか、節操を持って欲しいと思う。

 広沢も、数年前までは小学生だった。あの頃は、今程男女で区切られることもなく、性別という壁はなかったはずだ。少なくとも、児備嶋小は男女の垣根を越えて仲良くしている奴が多かった。

 それが、いわゆる思春期に入った途端にこうなる。男女は示し合わせたかのようによそよそしくなり、男子に至っては身近な女子に欲情し始める始末。俺が信也に幻滅したのは、あいつがいつの間にか女子をで見ていることに気付いてしまったからだ。

 男女間の純粋な友情とかあり得ないよね、といつだったか猪上たちが言っていた。相手が猪上ってこともあるかもしれないけど、俺が聞く限り反対意見は挙がらなかった。少なくとも猪上たちの中で、俺たち男子は友人とカウントされないのだと思うと、漠然と悲しくなった。小学生の頃は、性別に囚われることなく仲良くしたい相手と話せたのに。

 多分、俺は同級生の女子を恋愛対象として扱うことができずにいるのだと思う。大野も猪上も元木も鷲宮も、俺にとってはクラスメートでしかない。それは、茜ヶ淵の女子にも言えることだ。今の時点では、どうやっても女子の見方をシフトできない。

 何だかなあ、と思いながら水筒に口をつける。保冷用のはずなのに、入れておいたスポーツドリンクは変に生ぬるかった。

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