第12話

 撮影はおおむね順調に進んでいるみたいだった。

 レオやルカが真剣に仕事している姿はなかなか素敵だった。

 ママもこればよかったのにと思っていた時にそれは起こった。

 レオは綺麗な女性のモデルさんと一緒に撮影していた。

 二人の顔が結構な至近距離にあるのを見て、何だかもやっとしている自分に気付く。

 いや、レオのあれは仕事だし、別に私には関係ないし。

 何を自分に言い聞かせているのかよくわからなかった次の瞬間、女性モデルがレオにキスをした。

 私は頭を殴られたような気がした。

「いいね、もう一回。」

 カメラマンがあおる。

 目の前で何度も他の人とキスするレオの事を私は見ていられなかった。

 私は回れ右をして、一目散に車へ向かっていた。

 それに気づいたレオが私を呼んだような気がしたけど、私はそれに答えない。

 何で?何で?何で?

 何にも考えられず、ただその言葉だけがリフレインする。

 車に着いたはいいがカギがかかっていて、中に入ることはできなかった。

 でも、もうあそこに戻るのは嫌だったので、車の横に立ち尽くす。

 間を置かずして、レオが私を追いかけてきた。

 撮影はどうしたのだろうなんてぼんやりと考える。

「ひめ花、どうかしたのか?」

「…別にどうもしない。レオ、仕事中でしょ。」

「急にいなくなったら心配するだろ。」

「私の事はほっておいて!」

「何で怒ってるんだ?」

 全く心当たりがなさそうなレオを見て、ますますモヤモヤする。

「いいから、レオはあの人と楽しく仕事してこれば。」

「…ふーん、そういう事。」

「何よ。」

「キスしてるの見てやきもち焼いてるんだろ?」

 なぜか嬉しそうにレオが言う。

「どうして私がやきもちなんて焼くのよ。」

「俺の事好きだからだろ。」

「好きじゃない、全然好きじゃないから。」

「そんな風に言うなよ。」

 私に触れようとしたレオの手を振り払う。

「触らないで。レオなんて嫌いよ。」

 感情の高ぶりを抑えることが出来ず、涙があふれてきた。

「自分勝手で自信家で。何でも思い通りになると思ってるんでしょう。」

 泣くのは反則だとわかっていたが、抑えることが出来ない。

 レオは私の反応に困ってしまい、立ち尽くしていた。

「もう私の事振り回さないで。私も迷惑かけないから。」

 私はしゃがみ込んでしまった。

 ルカが慌てた様子でこちらにやってきた。

「ひめ花、どうしましたか?」

 私はかぶりを振る。

「レオ、いったい何があったのですか?」

「何にもないよ。父さん、まだ撮影残ってる?ひめ花、疲れたみたいだから、連れて帰ってくれない?」

「僕はもう終わりましたが…一緒に帰らないですか?」

「俺まだ残ってるし、一人で帰れるから。」

「…わかりました。じゃあ荷物を取って来るので待っててください。」

 ルカは急いだ様子で現場に戻って行った。

「…とにかく俺は謝らない。悪いことなんて何一つしてないからな。」

「………」

「俺は俺の仕事にプライドを持ってやってる。いいものを作るためならキスの1つや2つ気になんてならない。」

「………」

「だいたいさっきのなんて、たまたま口と口がぶつかっただけの事だろ。キスのうちになんて入らないって。」

「………」

「ひめ花?」

「…もう絶対見に来ないから。」

 やっとの事で私は言葉を発する。

「レオにとっては誰とでもできる簡単な行為かもしれないけど…」

 私は大きく深呼吸する

「私は何とも思っていない相手とあんなことできない。たとえ仕事だろうとね。」

「ひめ花…」

「仕事モードのレオは大っ嫌いよ。」

 ルカが戻ってきて車のカギを開ける。

 私は素早く助手席に滑り込んだ。

「じゃあ、先に帰りますね。」

「ああ、気を付けて。」

「レオも気を付けて帰ってきてください。」

 ルカは車を発進させた。

 ゆっくり振り向くとレオはもう背中を向けていて、どんな顔をしているのかわからなかった。

「ひめ、レオとケンカでもしましたか?」

「ううん、価値観の相違ってやつ。」

「むずかしい話ですか?」

「そんなことない、もともと住む世界が違ったって事。」

 そう、レオは所詮異世界の住人なのだ。

 ママが見に来ない理由が分かったような気がした。

 私はレオにこれ以上深入りしないようにしようと心に決めた。

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